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(yukiのおまけのおはなし)

the Northern Cross Dream ~星の微睡~



 2017年春、私は千本北大路の交差点、北西の角にいる。たぶん去年の春も、その前も・・・。いつからここにいるのかよく覚えていない。
私は・・・誰だろう?そもそも私に名前はあるのだろうか。強いて説明的に私を呼ぶなら、「青信号の、歩いてる人」と言えばわかってもらえるだろうか。そう、信号を渡っていいときに青く発光し、肘をしっかり後ろに振り上げて颯爽と歩いている・・・いや、歩いているのはフリだけで、実際にはずっと定位置にいる。しかも「青じゃないやん、緑やん」などと言い出す人が必ずいる。シンプルに見えて、正確に説明しようと思うとややこしい存在。それは私に限ったことではないだろうけど。
私は毎日人々に「今、こっちに歩いてきていいよ」と伝えるため、かなり張り切った声でピヨピヨと口ずさみながら歩くポーズをしてみせる。実際にはどこにも行けないのに、なんちゃって歩きの繰り返し。でも、空しくないの?なんて余計なお世話だ。私は遠くへ歩いていくことはできないけれど、見ることができる。往来を往き交う大小さまざまなものたちを高みから眺めるのはなかなか気持ちがよい。ここからどのくらい、季節の移ろいを、そしてドラマを見てきただろう・・。

 やわらかな風が甘く薫り、本物の小鳥が囀り交わし、肩をすぼめて歩いていた人々の足取りも少しずつ軽くなる頃、私の足下をすり抜け正面のローソンに向かうひとりの男性と、向こうからこちらに向かってくる髪の長い白杖の女性が、すれ違いざま軽くぶつかりそうになった。慌てて謝る男性に女性はにっこり微笑んだものの、はずみで方向が狂ったらしい。目指すべき私より大きく右に逸れて歩き出した彼女を見て、男性は再び慌てて引き返してきた。
街路樹の緑が濃さを増し、強い日射しをきらきらと乱反射して光と陰が妖しく揺らぐ季節、男女はじりじりと肌を焼く暑さも意に介さぬと言わんばかりに寄り添い、同じ方向に歩くようになっていた。
金の葉がはらはらと舞う頃、うつむいてこちらへ歩く女性の頬にもはらりと涙が零れた。二人の冷たそうな手は、もう絡み合ってはいなかった。
そして同じ方向に歩く二人を見かけることはなくなった。
例年にない雪に包まれた仄白い夕暮れ、人の流れにまぎれて知らずすれ違った二人・・・ダウンのポケットに手をつっこんだ男性は足早にローソンに消えてゆき、波をよけるように人群れの端を歩いてきた女性は、交差点を渡りきったところでふと立ち止まった。彼女は何を思ったのかおもむろに小さな雪だるまを作り、私の足下にちょこんと置いた。私の背後へと歩き去る彼女の表情を見ることはできず、ただ、人々に蹴り飛ばされないよう電柱に身を寄せる少し不格好な雪だるまが、何となく心細げに私を見上げていた。
どこにでも行けるけれども見ることの不自由な彼女は、どんなことを思い私の下を通り過ぎていくのだろう。
見えるけれどもどこにも行けない私は、刹那、彼女について行ってみたい気がした。
毎日ピヨピヨと10回口ずさむ間碧く輝き、チカチカと瞬き、そして頭上に佇む赤い人としばし任務を交替。ふた色の輝きで人々を導く、地上に降りたアルビレオのルーチン・ワークを捨て、自分自身のために歩いてみたらどんな気持ちがするだろう・・・

 2017年、春。
ボブに切り揃えた髪をまだひんやりとした風に揺らして、彼女が私の正面に立っている。
少し前までは、彼女がここを通る時刻にはすでに日は落ち、街全体が淡く薄暮に沈みかけていた。それがこの頃は、北大路通の西の果てに低く陣取った太陽が街の半分にだけ君臨し、背高のビルディングの西壁に、黄色っぽい光を斜に投げかけている。長く伸びた陰の中に立つ彼女は、夕焼けのプリズムを背景に輝く眼前の世界を眩しそうに見やり、それからゆっくりとこちらのほうへ視線を彷徨わせた。
少し時間をかけて私を探し当てた彼女は、変な顔をして私をじっと見つめている。
ああ、彼女は私になって物語を書こうとしているらしい・・・

信号が青に変わる一瞬前、往来にたゆたう車の波音が静止した。
そして次の瞬間、私と彼女は入れ替わった。

 2017年、春。
私は千本北大路の交差点、北西の角にいる。
いつからここにいるのかは覚えていない。
こちらに向かってくる白杖の女性、どこか懐かしいのは何故だろう。
彼女はどこから来て どこへ還るのだろう・・・


あとがき
千本北大路交差点をイメージしてつけたタイトル the Northern Crossは北十字星のこと。天の川に翼を広げる白鳥に見立て、はくちょう座とも呼ばれています。crossには十字架、交差、すれ違いなどの意味があります。
文中に出てくるアルビレオははくちょう座のくちばしの星で、金色と青の光を持ち、全天で一番美しい二重星と呼ばれ、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』にも登場します。
はくちょう座は日本では夏の夜空に輝く代表的な星座なので、春の季節はまだまどろみの中で浅い夢を見ている・・・交差点を舞台に織りなされる物語は、実は星の見ている夢なのかもしれない。千本北大路交差点を北十字星に、信号の2色の光をアルビレオになぞらえ、そんな幻想めいた雰囲気を春霞のように淡く漂わせつつ、めっちゃ見えているとは言えませんが、今私が見て、感じている千本北大路交差点の春の夕映えの美しさも織り交ぜて描いてみました。
目と鼻の先の交差点で交差する男女の物語と遥か彼方の星が、そして最後に登場人物と書き手と語り手、物語と現実がcrossする。幾重もの交錯が綾なす春色夢幻譚・・・
ちなみに白鳥座の一等星デネブは、こと座のベガ、わし座のアルタイルと共に夏の大三角形を形成しています。白杖の女性は、白く美しい星ベガ、織姫の化身であり、これは織姫が星屑を紡いだ物語なのかもしれません。

※これは昔、私が京都ライトハウス鳥居寮の文章講座で「春」のテーマで作った物語です。
このお話の中では脇役の小さな雪ダルマさんが今、春の夢からふわりとさめて
命をいただきました。
私は実際こんな風に、これまでいくつもの雪ダルマを作りました。
大きい子、小さい子、うさ耳さん・・
あの子たちもみんな一緒にぴょこぴょこダンスを踊ります。
「素敵な世界を ありがとう!」
(2017.3-2021.3 by yuki)

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