天使の杖でおいでやす トップページへ戻る

空にのぼるょ テンちぇるちゃん♪


「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」

「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

 それは秋も深まり、お庭の花も寂しくなってきた頃のことでした。
テンちぇるちゃんは、相変わらず座り込んで何かをしています。
どうやら、虫達の声に耳を傾けているようですが、外国では、虫の鳴き声は
雑音(ノイズ)でしかないと聞いた事もありますし、彼女にはどんな風に
聞こえているのでしょうね。
そんな彼女の頭に、何かがポツンと当たり、草の中に飛び込んでいきました。
「はて?何かな」と頭を触り、空を見上げてみましたが、その一回だけで
それ以上落ちてくるものもなく、その落ちていった物も、これといった動きを
する訳でもなく、彼女の疑問もすぐに地平の彼方に飛んで行ってしまいました
 そしてその翌日、彼女の庭には、太い蔓を絡ませ合った大きな蔦が
見上げても見上げても、その頂上を見る事のできない高さまで伸びていたのです。
断言します、昨日まではこんな物は生えてはいませんでした。
雨雲が流れてきているのでしょうか、濃い色の雲が幾つも浮かんでいますが、
雲は蔦を避けるように流れ、蔦はそれらの雲を越えてさらに高い所まで
伸びているのです。
それはまるで、ヨーロッパの童話に出てくる「ジャックと豆の木」(注1)のようでした。
ポカンと空を眺めていた彼女に声がかけられました。
「よう、天使の姐さん、こりゃいったい何なんだい」
後ろを振り向くと、そこには腕を組んで、彼女と同じように空を見上げる
唐傘小僧が立っていたのです。
「あら、こんにちは。
唐傘さんが、こんな所に来られるなんて珍しいですね。」
双烏堂やお寺で何度も顔を合わせていますので、もう普通にお友達です。
「なにね、寺からでも見えていたし、あそこからでも天辺が見えなかったからよ。
とりあえず近くから見てみようって思って来たんだけどな。
見たところ、でかさを別にすれば葉っぱの形からソラマメの類じゃねえかとは
思うんだけど、こんなのどうしたんだい。」
暫くも二体並んで空の彼方に伸びる蔦を眺めていましたが、テンちぇるちゃんが
ボソリと言いました。
「登ってみませんか?。」
どうやら好奇心の虫を抑える事ができなくなってきたようです。
ですが、唐傘小僧の返答は、芳しいものではありませんでした。
「俺もこういうのは好きだし、登ってみたい気はあるんだけど、俺の身体って
垂直に登っていくのには向いていないんだよな。
ほら、足が一本だと、姐さんの2本足のように足場を確保しながら登っていく事が
できないからさ。
まさか俺を抱えて、飛んでくれるのかい?。」
「う~ん、抱えて飛んでもいいのですけど、コレって私の上れる高さより
もっと上に伸びていると思うんですよね。」
しばらくも残念そうに二体して上を眺めていましたが、風に吹かれて飛んできた
枯れ葉を見て、彼女の頭の上にピコンと電球が点ったのです。
「あっ、唐傘さん、ちょっと傘を開いてみてもらえますか。」
ワクワクした様子を隠しもせず唐傘に言った彼女に、不穏なものを感じつつも
「ん、こうかい?」
と傘を開いてみますと、彼女がいきなり手にしていた杖をぶんぶんと
振りだし「うぉっ、危ねえっ」と唐傘を仰け反らせた事にはお構いなしに
「テテンチェルチェル テテンチェル♪」
と聖唱を唱え始めたのでした。
その声が終るとともに、辺りから子供達の笑いさざめく声が聞こえ始め、
唸りを響かせ暴風と化した空気の塊が二体を吹き上げたのです。
「おっおっおっおっおっ?!。」
唐傘小僧は広げた傘にいっぱいの風を受けてふわりと身体が浮いたかと思うと、
まさにロケットを髣髴とさせる勢いで空に向かって舞い上がっていったのでした。
テンちぇるちゃんはと言えば、浮き上がった彼の足首を掴んでちゃっかりと
一緒に飛んでいたりしています。
猛烈な風を傘に受けた唐傘小僧は、あっと言う間に山の頂上を越え、もはや
街並みはおろか、大まかな地形としか見えなくなった地上をチラリと見ると
「台風の時にも飛ばされた事はあるけどよぉ、まさか自分が空を飛んでいるなんて
信じられないぜ。
しかもこんな高くまで来た傘って、俺が初めてじゃないのかなぁ。」
楽しそうな笑い声を上げる唐傘に、テンちぇるちゃんも、
「傘で飛べるなんて思いもしませんでした。
まるでメリー・ポピンズ(注2)みたいですね。」
とこちらも楽しそうにしています。
もうかなりの高さまで来たはずですが、上を見ると、蔦はまだまだ
伸びています。
周囲は空の青さを通り越して、濃い紺色になりつつありました。
さすがにこれほどの高さに来ると、ちょっと不安になってしまいます。
実際に行った事はありませんが、どうも空の上には宇宙というものがあり、
そこには空気もなにもない星の世界が広がっていますのだとか。
どうなんでしょう、唐傘は一応は神のはしくれですし、テンちぇるちゃんは
天使ですし、空気がなくても大丈夫なのでしょうか。
なんとなく大丈夫なような気もしますが、試した事がないというのはちょっと
不安なものなのです。
蔦に沿ってもうかなりな距離を上ってきましたが、まだまだ終わりは見えません。
ここまで来ますと、多くの下級精霊はもう付いて来る事ができず、今も風を
送ってくれているのは、3体の上級精霊だけでした。
ですが、この3体もどこまで風を送り続けていられるかは未知数ですし、その時は
「唐傘さんをパラシュートにして降りればいいや♪」とかなり脳天気な事を
考えていたりします。
そんな時、なにか見えないものに突き当たった感覚がありましたが、それは
堅い壁にぶつかったようなものではなく、柔らかい「ふわっ」としたものを
突き抜けた感じだったのです。
そこからポンと飛び出した二体は、一旦上に飛び上がった後、ポヨョンと
なにか柔らかい物の上に落ちたのでした。
衝撃も無く痛みもありませんでしたので、すぐに周囲を見回してみますと、
そこは真っ白い綿、いえクリームとでも言えばいいのでしょうか、フワフワで
常に形を変えながら流れているものの上に座っていたのです。
これは見た事があります、そう見たままを言いましたら雲そのものです。
雲は柔らかいのですが、意外と彼女を支えてくれて、流れているにも関わらず
足元はしっかりとしていました。
唐傘小僧も、テンちぇるちゃんと同じように立ち上がり、不思議そうに
足元を確かめ、辺りを見回していました。
するとどうでしょう、少し離れた所に盛り上がっていた雲が、溶けるように
流れ落ち、中から大豪邸といっても過言ではない屋敷が現れたではないですか。
これには、さすがに二体とも驚きを隠す事はできず、ガン見状態となっています。
「ほえ~、なんですかこれ、なんで雲の上に家が建っているのでしょう。」
いつものように腕を組んだ唐傘小僧も、
「いや、聞いた事はねえな。
山の中ならよぉ、迷い家(まよいが)(注3)ってのがあるんだけど、こんな所に
建っていたって誰も来ねえだろうしな。」
テンちぇるちゃんが、気が付いたように、ポンと掌に拳を当てました。
「ラピュタですよコレ、きっとラピュタに違いないですよっ!」
「あの有名なアニメの奴か?」
「ガリバー旅行記に出てくる空に浮かぶ城ですよ。」
ちょっと話がずれているようですが、それでいて噛みあっているのは基本的に
同じものだからなんでしょうね。

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」
「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

そんな話をしていますと、どこからともなく風が吹き始め、遠くから雷の音が
聞こえてきました。
風はみるみるうちに強さを増し、雷もどんどん近付いてきます。
そしてひときわ強い風が吹いたまさにそのとき、雷の爆音が二体の耳朶を
間近に撃ったのでありました。
キーンと耳に残る残響で、クラクラする彼らの視線の端から、小さな雲が
左右から近づいてきます。
それはただの雲ではなく、上には人に似た姿の者が乗っていたのです。
雲は二体を窺うように大きく旋回し始め、やがてそれぞれの雲から
乗っていた者が彼らの前に飛び降りました。
一体は大きな袋を肩に背負い、薄い帯を絡ませ、もう一体は両手にバチを持ち
幾つもの太鼓を背負っています。
何よりその二体は、袋の方は薄い緑色の肌と白く胸まで届く髭を持ち、
太鼓の方は赤黒い肌をし針金かとみまがう黒い髭を生やした、鬼だったのです。
二鬼は鬼特有の恐ろしげな顔をし、二体を睨み殺そうかという眼力を発しながら
睨みつけると同時に口を開いたのでありました。
「「ここを我らの屋敷と知っての事かっ!
ならば許可も無くの侵入、無事に帰れると思わぬ事だなっ!」」
見事にシンクロナイズされた動きでポーズを決めると、袋の鬼は、その口を
小脇に抱えて袋を綴じていた紐を解き、太鼓の鬼も両手にバチを持ち、
背負った幾つもの太鼓をテンポ良く打ち始めたのです。
先に動いたのは袋を持った鬼です。
袋の口を少し開けると、そこから轟音を立ててテンちぇるちゃんと
唐傘小僧に向けて風が吹きつけられ、それはたちまち風の精霊達の起こす風に
優るとも劣らぬ暴風となりました。
二体はまとめて雲の端まで吹き飛ばされてしまいましたのですが、
あわや唐傘小僧が外の闇に真っ逆さまというところで
テンちぇるちゃんの手が彼の足を掴む事ができました。
唐傘小僧の身体の軽さも幸いし、グルンと円を描くようにして、なんとか
彼を雲の上に放り投げる事に成功しましたのです。
ほっと小さく息を吐き、雲の端で座り込んだ彼女も、切れ間から覗く奈落が
口を開いたような真っ黒な空間に背筋が寒くなってしまいます。
気を取り直し、慌てて唐傘小僧の元に走り寄った彼女でしたが、今度は更に
ゴロゴロという雷鳴が聞こえてきたではないですか。
見ると太鼓の鬼の打ち鳴らす太鼓の音が、どんどんと大きく速くなっており、
雷光が走る度に雷が近づいてきているのです。
「天使の姐さん、あれ風神と雷神だ。
 だとしたら、次は雷が来るぜっ!」
その言葉とともに、彼女が高く杖を上げ、聖唱を唱えるが早いか、鼓膜を劈き
爆音とともに眩い光が落ちてきたのです。
後少し遅ければ、天使と九十九神とはいえ、どうなっていました事でしょうか。
一瞬早く水の膜が二体を包み込み、その水面を滑るように、
光の奔流となった雷が流れ落ちて行ったのでした。
しかし、受け流したとはいえ雷の直撃を受けたに等しかったのでしょう
「キャッ!」と言う声を上げて、テンちぇるちゃんが呼んだ水の精霊ウィンビーネが
弾かれて雲の上に落ちてきたのです。
ポンポンと何度も撥ねて転がった彼女の元にテンちぇるちゃんと唐傘小僧が
駆け寄りましたが、彼女は完全に目を回しており、呼びかけに応えることは
ありませんでした。
「だめだわ、完全に伸びちゃっているわ。」
ふと振り向いた唐傘小僧は、風神が再び袋の口を開けようとしているのに気が付きました。
「姐さんっ、また風が来るぜ!。
ちょっと頼みがあるんだけどな。
俺が合図をしたら、昇って来た時の風を俺に当ててくれ、とびっきり強い奴を
頼むぜ。
説明は後だっ。」
何をするのかはよく判りませんでしたが、テンちぇるちゃんと風神の間に
仁王立ちした唐傘小僧に向けて風の精霊達を呼んだのです。
そして唐傘小僧の「今だっ!」の合図とともに精霊たちの出せる最大級の風が
唐傘小僧に向けて叩きつけられたのでした。
その風を傘を広げて受けた彼は、さらに前から吹いてきた風神の風をも頭から
受けたのです。
暴風に前後から押され、彼の傘の骨が嫌な音を立て続けていますが、風神に向いた
一つ目は不敵に笑っていました。
「頼むぜ姐さん、押し負けたら俺達今度こそ雲の外に弾き飛ばされっからよぉ。」
唐傘小僧を間に挟み、風の精霊と風神の押し比べが続いています。
しかし、敵は風神だけではありません。
雷神の太鼓の音がまたテンポを速め、どんどんと音量を増し、雷光が近づき
その数を増していきます。
唐傘小僧の影でウィンビーネを起こそうとしますが、なかなか目を覚ましては
くれません。
「姐さん、そいつはまだ目を覚まさないのかっ、雷が来たら俺にはどうしようも
ないぜ。」
辺りにはもう先程の比ではないほどの雷が走り、鼓膜どころか身体がビリビリと
震えるほどの轟音が鳴り続けているのです。
これ以上やればウィンビーネの首がもげてしまいそうなほどに揺さぶりながら
「起きてっ、起きてったらっ!。
起きてくれないと物凄い事しちゃうからね、本当に物凄い事しちゃうからねっ!。」
と呼びかけたのが功を奏したのか、彼女が「う~ん」と薄目を開けたのです。
すぐにカッと目を見開いた彼女は、そのままテンちぇるちゃんを押し退けると、
憤怒の表情のままに立ちあがったのです。
「あんたら一体なににちょっかいかけているのよっ!。
あれって、もう神って言っていいほどの大精霊じゃないのっ!。
あんなのに私だけでなんとかできるとか思ったって訳なのっ。
ねえ、バカなの?、バカなんでしょっ?。
バッカじゃないのっ!。
それこそ、あの梅子並みの力でもなければ、なんとかなる訳ないじゃ
ないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!。」
それは雷鳴すらも凌駕する彼女の怒声でした
既に雷鳴によって役立たずとなっていた二体の耳をして、キーンと言う
耳鳴りを残してしまうほどのものだったのです。
ひょっとしましたら、ウィンビーネの水の力より攻撃力が高かったかも
知れません。
だからと言う訳でもないでしょうが、いきなり風神からの力が弱まり、勢い余って
唐傘小僧が吹っ飛んで行ってしまい、その先にいた風神に受け止められて
います。
さらに、幾筋もの雷光を走らせ、絶え間なく雷鳴を轟かせていた雷が
すっかりと消え去り、辺りはそれまでが嘘のように静まり返っているでは
ないですか。
いきなりの状況の変化にテンちぇるちゃん達の方が戸惑ってしまっています。
どうやら風神雷神もなにかに戸惑っっているようで、言葉を投げかけて
きました。
「「お主達、今なんと言った。」」
テンちぇるちゃん達も、ウィンビーネや風の精霊達と顔を見合わせると
「えっと、私達がバカじゃないのと怒られたのですけど・・・。」
「そこではない、最後に言ったであろう、誰の名を言った。」
雷神が苛立った声で訂正してきます。
「・・・梅子の事かしら?。」
ウィンビーネも相手が相手だからでしょうか、いつもの不遜な態度も影を引っ込めています。
その返答に、風神雷神が目を剥いたではないですか。
「よもや梅子とは、梅雨前線の梅子の事ではなかろうな。
そうであるなら、なぜお前達があの者を知っておる。
なぜに知っておる、明々白々と答えよっ!」
それこそ返答次第ではただでは置かぬというオーラを滾らせずいずいと迫ってくる
二鬼に気押されつつも「ここがターニングポイントなのね」と気合をこめて
答えたのでした。
「以前に、彼女を北の島まで送った事があるのですが、それだけですよ。」
するとどうした事でございましょう、これまでに最大の衝撃を与えたようで、
彼らはその巨体を仰け反らせながら一歩二歩と退き、
「なんとっ!」
「なんとっ!」
「「ぬわあぁぁぁぬうんんんとうおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!。」
と驚きを口にしたのであります。
それはそれは見事な、実に見事な、シンクロナイズドされたアクションで
あったのでした。

(CMキャッチ)
「ウィンビーネちゃん」「ウィンビーネちゃ~ん」「ウィンビーネちゃ~~~ん」
「ハァ~・・・、本当にバカばっかり・・・。」

 今、テンちぇるちゃん達はあの雲の中から現れた屋形の客間にいます。
畳敷きの、この国独特の美しさを具現化したかのような部屋で、唐傘小僧と
テンちぇるちゃん一行が風神雷神と向かい合って座っています。
「そうだったか、梅子を北の島まで送って頂いたのは、そなた達であったか。
 確かにあの者からは『外国の天狗とその使いの珍しい妖怪達に助けられたと
聞いてはいたのだが、よもやそなた達であったとは、知らぬ事とはいえ危うく
奈落の底に落としてしまうところであった、許されよ。」
二鬼が揃って頭を下げました。
「あっ、いえいえ、私達も勝手に風神様、雷神様のお住まいに入り込んで
しまったのですから、お怒りになられますのは仕方のない事です。
どうぞ頭を上げて下さい。
それにしましても、私達がお尋ねしますのもおかしな話ですが、梅子さんとは
どのようなご関係なのですか?。」
「う~むぅ」と、雷神が一言唸ったかと思えば
姿勢を正し、話し始めたのでありました。
「我ら風や雷を操る者は雨を操る者どもとは深い繋がりがあってな。
雨は風や雷を呼び、風や雷は雨に力を与える関係にある。
特に梅子のような大規模に雨を連れてくる者は、我らにとっては欠かすことの
できない者である事は解って頂けよう。
だがな、梅子は、梅雨前線としてはまだまだ若く、その仕事が大切な事は
知識としてはわかっていても、どうしても地味と思える仕事より、姉達の桜前線や
紅葉前線のような華やかな仕事に憧れを抱いてしまうのも仕方がない事。
そんな梅子が、『北の島まで行けましたよ♪』と見た事のない笑顔でやってきて、
楽しそうにそなた達の話をしてくれたものでな。」
風神がその時の事でも思い出したのか、目元を拭っています。
「ワシら夫婦にとっては、あの子は子供も同然で、風神もできるなら養子にと
望んでおる程。」
その話を静かに聞いていた面々は、目を剥き、思わず口に出してしまいました。
「「「「「ふっ夫婦っ!」」」」」
その反応に雷神が気を悪くしたようです。
風神は間違いなく私の妻だが、ワシとでは釣り合わんとでもっ。」
皆の目が風神に向きました。
鬼特有のいかつい顔、胸元まで伸びた白い髭、弾き切れるほどに逞しく
鍛えぬかれた筋肉。
いえ、よく見てみますと、目元が雷神より優しそうに見えない事もないかも
知れませんが、どう見ても・・・。
「嘘だろっ!」
唐傘小僧の口から思わず声が出そうになりましたが、幸いな事に先に
テンちぇるちゃんが声を出しましたので、なんとか飲み込む事ができました。
「いえ、お二方が美男美女でもあられますし、お若い方と思っておりましたので
素敵な恋人同士だとばかりに・・・。
特に風神様は、随分と美しくおられて、ついつい見惚れてしまいました。
ですから、結婚しておられると聞いて皆驚いてしまいましたのです。
なにか誤解を生んでしまいましたのでしたら申し訳ありません。」
と深々と頭を下げたのであります。
勢いにブレーキをかけられ、毒気を抜かれた表情となった雷神は、彼女の
言葉の意味を飲み込むと、大きな笑い声を立てたのでした。
「だっはっはっはっはっはっはっ♪、よもや本当の事とはいえ、面と向かって
言われると照れてしまうではないか♪。
いやいや、そうであろう、そうであろう、この風神は私にとっては勿体ないほどの
妻でな、顔良し、スタイル良し、器量良しな上に、風神としての力はピカ一じゃ。
別にワシが雷神じゃからピカなどと言っておるのではないぞ、だっはっはっはっ。
ワシとの結婚が決まったときなど、どれだけの男どもが地面を叩き呪いの言葉を
放っておった事か。
結婚式の時には、無数とも思えた「花嫁強奪隊」が襲いかかってきてな。
さすがに、そこに義父様が交ざっておられたのには頭を抱えてしまったわ、
だっはっはっはっ。
まぁ、それほど素晴らしい妻だという事だ。
だっはっはっはっはっはっはっ♪。」
風神が顔を赤らめ、雷神をぶつ真似をしています。
「もう、いい加減にしてくださいませ。
私は貴方に嫁げて本当に幸せなんですからね。」
がっちりと風神の肩を掴み、自分の方に引き寄せた雷神は、もう喜色満面です。
「さすがは、外国の天狗殿といったところじゃな、よく物事を見ておられるわ。
お~い、何をしておる、お客様の皿が空いているではないか。
ほれ、トラ屋の羊羹があったであろう、早くお出しせんか。
お茶のお代わりはいかがかな。
ほれ、番茶なぞ出すでないわ、玉露があるだろう。
ん、そちらの九十九(つくも)殿には酒の方がよろしかったかな。
最上級の「鬼殺し」の酒があってな。
ほれ何をしておる、お客様をお待たせして何とする、ほれ他の皆さまも
ご遠慮なさらずご賞味下され。
そうじゃ、時間はあるのであろう、食事をして行ってくだされ、料理鬼に腕を
揮わせますぞ。
なんなら泊っていかれてはいかがかな、部屋なら幾らもありますしな。
、そうじゃそうされればよい。
今宵は食って騒いで大いに楽しみましょうぞ。
だっはっはっはっはっはっはっ、今日はなんと愉快な日じゃ、愉快じゃのう♪。」
雷神の大笑いと風神の淑やかな笑い声を聞きながら、唐傘小僧がぽつりと
呟きました。
「姐さん、あんたって・・・、スゴイな・・・。」
そんな声を聞きながら、出された羊羹をおすまし顔でパクつくテンちぇるちゃん
なのでしたとさ。

その頃、別の場所にて。
「なぁ、アネキ。
笑い転げながらのお楽しみのところ悪いんだがよ、今 下で『天豆(そらまめ)』の種が
一個足りないっ』て大騒ぎになっているんだが、まさか知らねえよな・・・。」
「ギクッ・・・。」

「注釈」
○注1、ジャックと豆の木 : イギリスの民話。
魔法の種から伸びた豆の木を昇って雲の上の巨人の城から宝物を盗み出した
ジャックでしたが、巨人に見つかり急いで豆の木を降り、豆の木を切り倒して
巨人から逃げおおせたと言うお話。
いろいろなバージョンがあるようですが、最後には幸せは他人から奪ったり貰ったり
するものではなく、自分の手で作り出していくものと気付き、働き者の少年に戻ると
言うお話でした 多分:汗:。
○注2、メリー・ポピンズ : 1910年ロンドンに住むバンクス氏の元に空から
傘にぶら下がって降りてきたメリーが子供達の世話係としてやってきました。
彼女は魔法を使い、我儘で悪戯者の子供達を楽しませ、人として大切な事を教えて
いったのです。
それに伴って家の中がどんどん明るくなっていく事に、無秩序な明るさはいらないと
厳格な主人のジョージは自分の仕事を子供達に見せ、改めて厳格に躾をしようと
しました。ですが、銀行の頭取が子供のお小遣いまで預金させようと
したため、銀行始まって以来の取り付け騒動に発展してしまったのです。
その責任を押しつけられ首を言い渡されふっきれたジョージは、メリーの
魔法の言葉を思い出し、そのジョークで頭取を大笑いさせた後、楽しそうに
銀行を後にしたのでした。
そして、仕事より何より子供への愛情が一番大切な事に気付いた彼は、家に戻ります。
翌日子供達と遊んでいると、銀行の重役や社員達がやってきて、あの後、頭取が
生まれて初めて心からの笑顔を見せ、幸せのまま亡くなった事を告げられました。
さらに頭取の息子にも感謝され、銀行に復職する事を伝えられたのです。
メリーは子供たちと両親の愛情が深まり自分の役目が終わった事を知ると、
自分を必要とする他の子供たちの元へと旅立っていったのでありました
参考文献「メリー・ポピンズ - Wikipedia」
○注3、迷い家(まよいが) : 山奥に迷い込み、気が付けば目の前に山の中には
似つかわしくない大きな屋敷が現れる事があります。
そこには誰一人居る様子がなく、掃除が行き届き整えられた部屋が幾つもあり、
多くの家財道具や生活用品が置いてあります。
それらの道具は、人の世にあっては便利な機能を持った道具であり、
迷い込んだ者は何か一つ道具を持って帰る事ができます。
ただ欲深い者はその限りではなさそうです。
○注4、天豆(そらまめ) : 豆科の植物です。
ただ通常のソラマメと違い、短時間で天高く育ち、さらに隣り合う異空間や
異世界を繋ぐ事ができます。
その葉の形状や実の形は普通に見られるソラマメと類似しており、茹でて食べると
とても美味しいです。
葉の方は、幹(蔦)と同じように巨大ですが、実の方はとても小さい一口サイズと
なっています。
主に神界で育てられ、異空間や異世界を繋ぐと言う性質上、厳密な管理の上で
栽培されています。

 「知らなくてもなにも困らない設定」
「風神雷神」
 古より風と雷を操る神と言われ、俵屋宗達が描いた風神雷神図(屏風絵)が
有名です。
頭の角や、その風貌から鬼とされていますが、鬼とは別の種であり、
広域の風と雷という自然現象を操る神(高位の精霊)です。
雨は風や雷を呼び、風や雷は雨に力を与えるため、雨を操る者との繋がりが
非常に強いものであり、台風や嵐は雨に風神と雷神が協力して起こしている
ものです。
ですが、風神、雷神単体でも十分な力を発揮できます。
 雷は雷神の一種しかいませんが、風神は非常に種が多く、季節や地域に
限定される者を含めると多種多様な者がいます。
春一番、北風寒太郎、六甲おろし、木枯らし紋次郎など。
そんな中でも単に風神とだけ呼ばれる者は、それらの頂点となる力を持った
者と言われています。
また、雷を扱う者として、龍、悪霊としての菅原道真、ぬえなどがいますが、
いずれも雷を出す事ができるというだけで、天候として雷を操っている訳ではなく
雷神とは全く別物であります。
 風神雷神とも、見た目の男女の別はありませんが、男女の区別はちゃんと
あります。
同種の者でしたら、その違いもちゃんと見分けられるようですが、他の者には
専門家でもない限り区別するのは難しいようです。
俗にいう「おねえキャラ」と勘違いされる事もありますが、ネタでもキャラでも
なんでもなく、普通に女性だったりしますので、対応には細心の注意が必要です。
ダンプ松本さん(女子プロレスラー)を冗談抜きで男扱いすればどうでしょうか?と
考えれば、おのずと答えが出そうですよね(笑ってもらえそうな気も
いたしますけどね:笑:)。
 通常は、高空に作られた結界の中に住居を構え、外界とは交わらない暮らしを
しています。
その佇まいは、神と呼ばれるだけあって豪壮な邸を構え、多くの下働きの者を
使っています。
それぞれの風神や雷神が、それぞれに邸を構えており、人や烏天狗のような社会を
形成している訳ではありませんが、複数の風神雷神が力を揮う事もあり、
その場合、地上に大規模な災害を巻き起こす事が多々あります。
近年、毎年のように台風や長雨による災害が起こっているのも、複数の風神雷神が
力を揮うようになったためである事は書く必要もありませんよね。
地球温暖化が原因ですってっ。
あんなのただの戯言ですっ!。

第18話 お・し・ま・い・♪。
(2022.01 by HI)

◆◆ ◆

もしも夜明けが、いつもの庭に見たこともない、
果てしなく大きな影を落とす存在をもたらしたら。
あなたならどうするでしょう。
テンちぇるちゃんなら・・?
きっと、好奇心を抑えられずその先を確かめにいくところまでは
想定範囲内だったのではないでしょうか。
その後風神、雷神の逆鱗にふれ、もしかしたら奈落の底に落ちていくことも
想定のうえ、種は投じられたのかもしれません。
その思いの中に、もしかしたら、テンちぇるちゃんなら・・。
そんな一縷の可能性を信じてみたい思いがあったのかもしれません。
テンちぇるちゃんを救ったのは決して彼女一人の力ではなく、仲間との助け合いの力、
これまでに紡いできた縁の力、そして相手の思いを汲み、
倒すのではなく和する力でした。
蔓が延びると書いて蔓延と読みます。
2年前に突如表れたその大きなものの先に何を見いだすか。
このお話は、秋の深まる頃に書いてくださったものですが、
新春を照らす希望の光として、祈る想いとともに今、掲載させていただきます。
HIちゃん、いつも本当にありがとうございます。
キュートなメリー・ポピンズ、我らがテンちぇるちゃんの活躍、
今年も楽しみにしています。

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