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人魚姫だョ テンちぇるちゃん♪


「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」

「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

テンちぇるちゃんが街の中を流れる川岸で涼んでいますと、水の中から紺色の髪を
長く伸ばした女性が上がってきました。
「こんな河で泳いでいたのかしら?」
と思ったのも束の間、彼女の姿に思わず目を剥いてしまったのです。
浅瀬で立ち上がった彼女は、腰に届きそうな髪を身体に貼り付けていましたが、
それ以外は、何も身に着けていなかったのです。
控えめな胸はもちろん、下の繁みですら、なにかを着けるどころか、彼女の手で
隠そうとすらしてはいなかったのです。
それはそれは実に堂々とした立ち姿でしたが、今は誰も居ないとはいえ、
こんな所に居て人目につかずにいられるはずはありません。
「キャ~ッ、キャ~ッ!、ちょっとちょっと何考えてんのよ~っ!!。」
思わず叫んでしまった彼女でしたが、虚ろな感じで佇む女の子も、その声の方向に
顔を向けると、うっすらと頬笑みを浮かべたのです。
その視線は、確実にテンちぇるちゃんを認識しているものだったのでした。
「私が見えているの?。
そっそんな事より、とりあえずコッチへ来て。」
と彼女の許へ駆けよると、その手を引いて近くにあった背の高い草の茂みの中に、
飛び込んだのでした。
「ねぇ、あんな所で何をしていたの?。
なんで裸なの?、服はどうしちゃったの?。
う~ん、人にしか見えないけど、人じゃないよね。
妖なのかしら?、ひょっとして河に居たんだから河童さんのお友達?」
もうクエスチョンマークのオンパレードでしたが、彼女はぼんやりと
微笑むだけで、何一つ答えてはくれなかったのです。
「う~ん、どうすればいいのかしら。
まず服を着せないといけないのだけど、お寺にあるのかなぁ・・・。」
とりあえずは、なんとかしてくれそうな所に連れて行くしかありません。

「私のところに連れて来たのは正解だったよ。」
今テンちぇるちゃんと河から上がってきた女の子は、双烏堂の奥の部屋で
おばちゃんに衣服を着せてもらっているところなのです。
相変わらず頬笑みを浮かべたままどこを見ているのかわからない彼女に、
おばちゃんがテキパキと服を着せてくれています。
しかし、その服を見て、テンちぇるちゃんはどう感想を言えばよいのやらと
戸惑い、様子を見に来た奈奈美ちゃんは歓声を上げて羨ましそうにしています。
おばちゃんが彼女に着せているのは、薄いピンク地に明るい赤や白系の
フリルをふんだんに使い、腰を大きなリボンで絞ったスワンテイルと言う
スカートが白鳥の尾羽のように、後ろで跳ね上がったタイプのドレスだったのです。
それは子供から大人へと変わる面立ちの彼女には、とても似合っていました。
ただ、お胸が少々・・・かなり控え目なところは、上手くフリルとリボンで
誤魔化して調整したようです。
「私が昔着ていたドレスだからね、サイズがどうかとは思ったけど、なんとか
着られるようだね。」
テンちぇるちゃんが、その意味に驚き、声を上げようとした矢先、おばちゃんの
声が被ってきました。
「テンちぇるさん、いいかい、吐いた唾は呑めないからね。
自分が言おうとしている言葉の意味をよく考えてから言わないと後悔する破目に
なるって事を覚えておきな。」
テンちぇるちゃんに顔も向けず話す彼女の背中が、圧倒的な圧力を持って
語りかけてきます。
唾とともに発しようとした言葉をゴクリと飲み込んだ彼女は、コクリと小さく
頷いたのでした。
「いい判断だね。
代わりに今度、三郎をぶん殴っておくから、それでチャラにしておいて
あげるよ。」
今度もコクコクと頷くしかないテンちぇるちゃんなのでした。
まぁ、愛する彼女のためなのですから、なんとか耐えてくれるでしょう。
三郎くんに合掌です。
「ありがとうございます、お手間をおかけいたします。」
不意の声に驚いたのは言葉の意味ではなく、それが今までボンヤリとしていて、
何を問いかけても返答をしなかった女の子からの声だったからです。
「どこのどなたかは存じませんが、こんな可愛いお洋服を着せて頂けるなんて、
嬉しいです。
ボク、こんな服が一度は着てみたかったんです。」
どうやら最近流行りの「ボクっ娘(ぼくっこ)」(注1)なようです。
驚きはしたものの、さすがはおばちゃんです、すぐに体勢を立て直しました。
「おや、あんた喋れたのかい。
詳しくは私にもわからないけど、呪いでもかけられているみたいだったから、
おかしなものにでも取り憑かれているんじゃないかって思っていたんだけど。
それよりさあ、あんた人なのかい妖なのかい?。
人にしか見えないけど、本来の人じゃないだろ。」
おばちゃんが、見上げるように鋭い眼光を放つと、彼女は少し迷ったようですが、
俯き加減にポツポツと話し始めました。
「ボクは元々海に住む人魚なのです。
ボク達人魚には地上で暮らす方のように国境というものはありませんから、
皆世界中の海を気ままに泳ぎ移動してます。
ボクも1ヶ月ほど前でしょうか、この島の近くまでやってきました。
そして、そこでボクの運命と出会ったのです。」
彼女は手を組み、星が溢れだしそうに瞳をキラキラと輝かせ、今まさに
その場面が目の前で繰り広げられているかのように話し続けました。
「そう、あれは波間に漂って休憩をしている時でした。
とある男性が、ボクの前に現れたのです。
彼は猛然とボクに向かって泳いでくると、ボクを抱き上げ
『ガウガウガガウガウガウガウ!。(大丈夫か、安心しろ、今助けて
やるからなっ!。 カッコ内は翻訳です)』
そして彼はボクを抱いたまま浜に向かって泳ぎ始めました。
彼はボクが水面に漂っているのを、溺れていると勘違いしていたようなのです。
驚いたボクは、最初は何も言えず彼に抱かれているだけでしたが、途中で
ボクが人魚であり、溺れていたのではない事をお知らせしました。
彼もボクの下半身が魚のものである事に気づかれたようで、いきなり抱きあげた
非礼を詫び、ボクから手を離すと、浜に戻って行かれたのです。
ボクには、その後ろ姿を見送る事しかできませんでしたが、彼の逞しい胸、
太く力強い腕に抱かれた安心感、陽の光にキラリと眩く輝いていた二本のツノ。
なにより、見上げた彼の男らしいキリリト引きしまったお顔と、ボクが人魚と
気付いた時のなんとも照れた笑顔。
もうボクの心は彼の事だけで一杯になってしまったのです。
そして、浜に泳ぎ着き、ボクに向かって手を振ってくれた彼の、黄色と黒の
ストライプの水着に映える、海よりも蒼く、空よりも青いその身体の
鮮やかな色がボクの目に焼き付いたのです。」
ですが、頬を赤らめ目から星を溢れ出させていた彼女の顔が曇り始めました。
「うっとりと彼に見とれてしまっていたため、愚かにも彼の名前を
お尋ねする事に、気が回っていなかったのです。
それに気が付いた時には、彼はもはやボクの手どころか、声すら届かない地上へと
その姿を消してしまわれていたのです。
どれほど思い漕がれようと、ボクにはどうする事もできませんでした。
すっかりと顔を伏せてしまった彼女に合わせて、テンちぇるちゃんの組んだ手にも
自然と力が籠っています。
「ですが、ボクにはどうしても諦める事ができませんでした。
もう一度だけでも、彼の笑顔を、彼の姿を見たかったのです。
ボクはボクの力の及ぶ限りの海の仲間たちに声をかけ、助言を求めました。
そして、一ヶ月をかけて彼の手掛かりを求め、ついに河の仲間たちから彼の情報を
得る事ができたのです。
しかし、いくら恋い焦がれましても彼は陸に住む者、ボクは海に住む者・・・。
一時的に会う事はできても、決してボク達が永遠に結ばれ続ける事は
できません。
ただ一つの方法を除いては。
ボクは僅かの希望に縋って、魔女と呼ばれている老婆の許に赴きました。
それまで会った事はおろか、口の端に乗せる事さえはばかられる者で、
彼女に会おうなどと考える者は、どれほど切羽詰まっていると言うのでしょう。
それはそれは恐ろしい場所でした。
海底にはヒドラが海草のように触手を伸ばし蠢き、その間には骨となった
魚どころか、人魚の骸さえもが転がっていたのです。
恐ろしさに何度引き返そうかと思った事でしょう。
ですが、ボクの彼に対する思いはそんな物達への恐ろしささえ
克服させてくれたのです。
やっとの思いで魔女の許に辿り着いたボクは、地上で生きていける身体が欲しいと
お願いしました。
彼女はボクの願いを叶える代わりに『お前の大切なものを一つ頂くよ』と、
尾びれを二本の足に変える薬をくれたのです・・・。」
彼女はそこで胸に手を置き、言葉を詰まらせてしまいました。
皆は気付いてしまったのです。彼女が足の代償に、女の子にとってとても
大切なものを失ってしまったと言う事を。
話を聞いていたテンちぇるちゃんが、そっと彼女の手を取りました。
「大丈夫よ、大丈夫だからね。
本当に大事なのは、女の子としての心なの。
いくら大きくたって、あんなもの飾りにしか過ぎんのです、男達にはそれが
わからんのです(注3)。」
穏やかな笑顔で女の子を見ていた、テンちぇるちゃんは、同意を求めて
おばちゃんを見ました。
彼女は目が合うと、すっと目線を外してしまいました。
今度は奈奈美ちゃんに目を向けると、彼女もまた辛そうな様子で、すっと
目線を反らせたのです。
女の子だけは俯き加減に安堵の息を吐いていました。
あの、テンちぇるちゃん、三角座りでしくしく泣くのはやめましょうね。
「そして、魔女から魔法の薬を貰ったボクは、彼の居るこの地まで河を遡り、そこで
薬を飲んだのです。
その後の事はよく覚えていないのですが、気が付けば二本の足があり、
ここで皆様にドレスを着せて頂いていたと言う訳なのです。」
これからがんばって彼を探します。
きっとこの近くに居ると思うのです。」
知り合いも地の利もない彼女は悲壮な決意を固めているのでしょう、
スカートを握った手に力がこもり、震えてさえいたのです。
「ちょっといいかい、あたしゃ、さっきから既視感に襲われっぱなし
なんだけどね。
奈奈美、あんたが海に行きたいって言うから、皆で行ったのっていつだった。」
いきなりの質問に驚いた彼女でしたが、少し考える素振りを見せて答えました。
「丁度一ヶ月ほども前ですね。
ほら、潮干狩りをして楽しかったですよ♪。
その時の事を思い出したのか顔が綻んでいます。
「そうだね。
覚えていないかい、青鬼が『溺れているかと思って助けたら、人魚だった』って
言っていたのを。」

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」
「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

今、青鬼は元より赤鬼も黒鬼も戸惑い、互いに目線を交わすばかりとなっています。
双烏堂のおばちゃんに呼び出された青鬼に、フリフリのピンクのドレスを着た
女の子が張り付いてといいますか、しがみ付いているのです。
その様子は、まるで大木に停る蝶のようでもありました。
「ガウガガウガウグググガ?(いったいこれは何?)」
赤も黒も答えを持ってはいませんでしたが、おばちゃんが答えてくれました。
「あ~ほら、一ヶ月ほども前に、皆で潮干狩りに行っただろ、その時に
溺れているのと間違えて人魚を助けようとしたって事があったのを
覚えているかい?。」
青鬼は、戸惑いながら「確か、そんなことがあったな。」と思いだしはしたものの
それがこの状況とどう繋がるのかはわからない様子でした。
「あ~、鈍いね、その娘がその時の人魚で、あんたを追いかけてここまで
やって来たそうなのさ。」
「えっ、人魚って、こいつが?。」
青鬼が困惑するのも当然で、助けた時は確かに下半身が魚でしたが、
今はどう見ても二本の足で立っていますし、駆け寄って来た時に
スカートの下でチラチラと見えていたのは、足のはずです。
青鬼の戸惑いを察したおばちゃんが説明をしてくれました。
「あ~足ね。
まぁ、なんだい、呪いで大切なものと引き換えに、足を貰ったみたいだよ。」
そう言いながら人魚を見るおばちゃんの目は、辛い色を帯びていたのです。
青鬼の腰にギュッとしがみ付いていた女の子が、ようやくと力を緩め、ゆっくりと
その可愛いと言うしかない顔を上げ、彼を見上げてきたのです。
「ずっと会いたかった。
海で見た貴方の事が忘れられなくて、追いかけてきたの。」
そこにあるのは、目を潤ませながらも頬を赤らめた、彼女の心からの笑顔でした。
「お願いします、ボクとお付き合いして頂けませんか。
貴方のためなら、なんだってするから。」
縋りつくように見上げてくる女の子に、青鬼が困った表情を浮かべています。
「ガガウガウガウガガウガウガウ。(気持ちは嬉しいのだがな、悪いが俺には
心に決めた女性がいるんだ。)」
なんともあっさりとした返答でした。
紅潮していた顔が見る見る色を失ったかと思うと、彼女は後ろによろめいて、
力なくその場に座り込んでしまいました。
「やっぱりボクじゃだめなんだ。
貴方も、ボクが、男だからダメなんですね・・・。」
その姿は、まるで雨に打たれた子猫のようです。
「すまんな、鬼と人魚じゃ住む世界が違・・・、えっ、今なんと?。」
なにやら意味がよく理解できなかったようで、青鬼は思わず聞き返してしまいました。
それは周囲に居た者全員が同じだったようで、一斉に頭の上に
「クエスチョンマーク」が浮かんでいます。
「ギュッと両手でスカートを握りしめた彼女の言葉が続きます。
「いつもそうなんだ、ボクが男だと判った瞬間、皆 離れていくんだ。
さっき、天使のお姉さんが『本当に大事なのは女の子としての心なの。』って
言ってくれてとっても嬉しかったのに。」
唇を引き結び、小刻みに身体を震わせている彼女を見ながら、テンちぇるちゃんと
おばちゃんがひそひそと話を始めました。
「別にそういう意味で言ったんじゃないんですけど・・・。
それより、あの、確か無かったと思うんですけど、ありました?。」
おばちゃんも、さすがに戸惑っているようです。
「いや、私もちゃんと確かめた訳じゃないけど、無かったはずだよ。」
「人魚の男性って、無いものなんですか?。」
「いや、聞いた事はないけど、そんな事、普通話題にもしないだろ。」
二体とも確信は持てなかったようで、思い切ってテンちぇるちゃんが
女の子に尋ねてみる事にしました。
「あの、お取り込み中のところ申し訳ありませんが、あの、貴方の、ほら、アレ、
その、なんなのですけど、男性の・・・その、アレは付いてなかったですよね。」
さすがに言葉を濁す彼女の顔も赤らんでいます。
きっと青鬼とのやりとりに集中していたのでしょう、声をかけられた女の子は
肩をビクンッと撥ねさせてから、振り返りつつ答えてくれました。
「はい、ですから魔女に『お前の大切なものを一つ頂くよ』と取られて
しまったのです。」
さすがに意味を理解した途端に、彼女だけでなく周囲の者も一斉に驚きの声を
あげてしまいました。
「えっ、奪われたのは胸じゃなく、そっちっ!?」
どうやら女の子は「ボクっ娘(ぼくっこ)」ではなく「男の娘(おとこのこ)」
(注2)だったようです。
辺りが衝撃の事実に驚愕している中、青鬼の後ろに居た赤鬼と黒鬼が
ツツーと静かにその場を離れ、男の娘(おとこのこ)の後ろに回り込みました。
そして、ニヤリと鬼の悪そうな笑みを浮かべると、
「青よ、よかったなぁ、こんな可愛い彼女ができて。
いやはや羨ましい限りだ。」
二体してうんうんと頷いています。
「安心しろ、小雪は俺がちゃんと幸せにしてやるから、お前はお前で
新たな幸せを掴んでくれ。」
黒鬼もさらにたたみかけます。
「本当に羨ましい限りだな。
だが安心してくれ、小雪は俺がちゃんと幸せにしてやるからナ。」
赤鬼が、フフンと鼻で笑いながら黒鬼の方を向きました。
「おいおい、何を言っているんだ、お前には「いちま」がいるじゃないか。」
これにも黒鬼は怯みません。
「彼女は俺の心の友だ。
言ってしまえば「ポエ友(ポエム友達)」だから問題は何もない。」
妙に自信に満ちた様子で胸を張る黒鬼でしたが、そんな二鬼の様子に、
思わずと言った様子で青鬼が怒鳴りました。
「お前らっ、他鬼事だと思って、勝手な事を言ってんじゃねぇっ!」
トリオの漫才のようなやりとりはさて置き、テンちぇるちゃんとおばちゃんの
ひそひそ話は続いています。
「無いんですから、別に女の子で問題ないんじゃないですか?。」
「う~ん、生物学的には男性なんだからさぁ、あるとか無いとかの問題って訳じゃ
ないんじゃないのかねぇ。
ほら、怪我や病気で失ってしまう者だっているだろうからさ。」
「う~ん、どうなんでしょう?。
心が大切って言われるとそうだよねって思うんですけど。」
「う~ん、どうなんだろうね、こういう難しい問題は哲学者か心理学者にでも
丸投げしたいところだねぇ。」
「とりあえず、彼等の問題って事にしておきましょうか。」
「そうだね、他者がどうのこうの言う問題じゃないだろうしね。」
どうやら二体とも、離れた所からの状況観察って事で落ち着いたようです。
そうこうしている内に、赤鬼が男の娘(おとこのこ)に近づき、優しくその肩に
手を置きました。
「そう悲しむ事はない、青は照れ屋なんだ。
君の心は十分奴に届いているはずさ。
ここはひとつ押して押して押しまくれば、きっと奴も隠している本心を
見せてくれるはずさ。
大丈夫、俺たちはキミを応援しているぞ。
さぁ、キミの交じりっ気のない本当の気持ちをぶつけるんだ。」
その瞬間、男の娘(おとこのこ)の目がギラリと光ったのです。
それまで打ちひしがれていた彼は、俄に立ち上がると、ドレスの裾を翻して
青鬼に突進し、そのまま腰にしがみ付いたのでした。
「お願い、捨てないでぇ~~~っ!。
好きなの、大好きなのぉっ!。」
それはそれは必死の呼びかけでしたが、青鬼は青鬼で、
「捨てるも何も、付き合ってすらいねえだろっ!。
いいから離せよっ!。」
「ガンバレ~っ♪。
押して押して押しまくれ~っ♪。
勝利は近いぞ~♪。」
赤鬼と黒鬼の応援を背に受けた男の娘(おとこのこ)が必至の訴えでしがみ付き、
青鬼がそれをなんとか引き離そうと、四苦八苦しての大騒動が、いつ終わるとも
知れず続きました。
テンちぇるちゃんと、おばちゃんがそれを生温かい目でみています。
「これ、どう終わらせるつもりなんだろうね。」
「さあ・・・、それこそ』神のみぞ知る』と言うやつじゃないですか?。」
 後日、双烏堂に新しいアルバイトの女の子が増え、それまで来なかった水系の妖の
男性客が俄に増えた事で、奈奈美ちゃんが静かに闘志を燃やし、おばちゃんは
満足そうに微笑んでいました。
そして青鬼はと言えば、電柱や建物の陰から垣間見えるピンク色の影からの
熱い視線に、怯える毎日が続きましたとさ。

「注釈」
○注1、ボクっ娘(ぼくっこ) : 第一人称を「ボク」と言う女の子の総称。
言葉に引っ張られるのか、行動も少年ぽくなっている場合もありますが、
普通の女の子が「ボク」と言っているだけの場合がほとんどであったりもします。
厨二病の一種とされていますが、その関係性は立証されてはいません。
ただ、病状としてはかなり軽度な状態であり、五年社会復帰率は極めて高いです。
また、第一人称が「ボク」と言うだけですので、周囲に及ぼす影響は
極めて低かったりいたします。
、伝染性があり、コミニュティー内において、大発生する可能性もありますが、
特に問題となる事例は、現在のところ報告されてはいません。
○注2、男の娘(おとこのこ) : どこから見ても女の子としか見えない
男の子の総称。
極めて美系の場合が多い上に、ドレスなどのより女性らしいスタイルを好むため、
専門家でもなければ見た目だけで女の子なのか、男の娘(おとこのこ)なのかの
判断をする事は困難を極めます。
さらに、これは歌舞伎などに見られる女形(おやま)と呼ばれる男性が演じる女性が
より女性らしさを見せるのと同様に、より女の子らしさを追求しているため、
周囲の、特に男性に及ぼす影響は、極めて重大かつ深刻なものとなりやすいです。
ただ、腐女子(ふじょし)と呼ばれるお姉様方には不評である場合が多く、
彼女らの好む薄い本などに描かれる「BL」と呼ばれる形態のものとは、
全く別物であります。
そして、単なる女装好きの男性とは違うものでもあり、男と見える者が
「男の娘(おとこのこ)を名乗る事は許されていないので注意が必要です。

○注3、あんなもの、飾りにしか過ぎんのです、 : 
ア・バオア・クーの闘いで、シャアがジオングで出撃する直前の会話で、
技師(整備士)が言ったセリフ。
シャア「脚がないな。」
技師「あんなもの飾りにしか過ぎんのです、偉い人にはそれがわからんのです。」
いろいろな状況で使う事ができますので、以下に例文を上げさせて頂きます。
1、社長「売り上げが落ちているな。」
  部下「あんなもの飾りにしか過ぎません、偉い人にはそれが判らんのです。」
  社長「お前明日からこなくていいよ!。」
2、客 「車のタイヤがないな。」
  店員「あんなもの飾りにしか過ぎません、偉い人にはそれがわからんのです。」
  客 「他の店員呼んでこいや!。」
3、読者「この話には、内容が無いな。」
  著者「あんなもの飾りにしか過ぎません、偉い人にはそれがわからんのです。」
  読者「書くなよ!。」

*アンデルセンの『人魚姫』とは*
 アンデルセン童話の一つです。
嵐で難破した王子を助けた人魚姫は、彼に恋をしてしまいました。
恋をした人魚姫は、陸で生活するため、尾ヒレを脚に変えてくれるよう
海の魔女の所に赴きます。
そこで、足を得る代わりに、声を奪われてしまいましたが、海辺で倒れて
いるところを、王子に助けられたのです。
彼に「王子様を海で助けたのは私です」とも伝えられなかった人魚姫でしたが、
彼女の美しさに魅かれ、喋れない事を不憫に思った王子は、彼女を引き取り、
楽しい毎日を送りました。
しかし、隣国の王女との婚約が決まり、このままでは王子の愛を受けられず
自身が泡となって消えてしまう事となってしまいます。
そんな時、人魚姫の姉達が
「この短剣で王子の命を奪えば、再び人魚に戻れる。」
と教え、一振りの短剣をおいていったのです。
王子を殺そうとした彼女でしたが、最後まで彼に短剣を振り降ろす事ができず、
彼への思いを胸に、夜明けとともに海の泡となって消えていったのでした。
だいたいこんなお話ではなかったかと思いますぅ。 エヘヘ

第22話 お・し・ま・い・♪。
(2022.7 by HI)

◆ ◆ ◆

人魚姫と聞くと思い浮かぶのは、NOKKOさんの名曲「人魚」。
激しく、優しく、切なく、波のように心を揺さぶる大好きなあのメロディに載せて
読ませていただいた今回のお話は、人魚姫をモチーフに描かれた、一途な片思いの物語。
うーん、一途な片思いって秘めてると切なくてきれいだけど、押して押して押しまくると
コメディになっちゃうんですね、発見です。
(鬼のコスチュームのラムちゃんみたいで、青鬼さんには似合ってる気もしますが)
それにしても、昔はざっくりした分け方しかなかった性別が、
今は細分化して呼ばれるようになったんだなと
HIちゃんの注釈を詠みながら変なことに感心してしまいました。
そして、名前をつけられた人が、市民権を得て生きやすくなるならいいけど、
細分化が差別化に進みませんようにと心から願いました。
人を差別したくない、そう願うのが、私自身が「障害者」と呼ばれる立場にある故なら、
障害者になれてよかった。
ここまで考えたときには、自分には差別意識はないと思っていました。
でも、そんな私がもしマイノリティと呼ばれる人をお話に登場させたら、
きっとその人を、「偏見を持たれがちだけど、実はすごくいい人」に描いてしまいそう。
本当は、普通と呼ばれる人と同じように、
障害者やマイノリティと呼ばれる人にも変なところはいっぱいある。
その「ありのまま」から目を背けて「いい人」像を押しつけてしまうなら、
差別意識がないつもりの私の心にも、差別は潜んでいるのかもしれない。
鬼の漫才トリオに負けず劣らず濃いキャラの人魚さん、
無理矢理あったかくまとめるのではなく「なまあったかい」が
ぴったりな、なんか変だけど憎めないHIちゃんの人肌ワールドに、
今回も心の奥底深くを覗き込む経験をさせていただきました。
いつもありがとうございます。
一途な人魚姫の恋の行方はどうなるのかなあ?

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