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恋する乙女だョ テンちぇるちゃん♪


「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」

「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

 テンちぇるちゃんが山寺に向かっているところに、声がかけられました。
そちらを見てみますと、大きな亀(注1)がこちらを見上げています。
亀です、亀です。
確かに象亀という大きな亀はいますが、こんな極東の島国に普通にいるものでは
ありません。
もっと言いますれば、たとえ天使とは言え、亀の言葉を聞きわけるなんて事は
できません。
「なんだろう?」と亀が見つめる中、その傍に降り立ちますと、その亀の背中に
一人のお爺さんが乗っているではないですか。
どうやら先程声をかけてきたのは、亀ではなく、このお爺さんだったようです。
にこやかな笑い顔に長い髭をたくわえ、頭は禿げあがったお爺さんで、
その姿は昔の着物に、腰には藁で編まれているのでしょうか、腰蓑を着け、
竹で編んだ魚を入れる魚籠(びく)を下げ、手には釣り竿を持っています。
テンちぇるちゃんは「あ~、亀仙人」と納得しましたが、それを声に出す事は
ありませんでした。
「天狗の娘さんや、いきなり声をかけてすまんのぉ。
ちょっとお尋ねしたいのじゃが、この辺りで人魚を見かけた事はおありではないじゃろうか。」
亀の甲羅から滑るようにして降りてきたお爺さんは、見事な着地を見せ、
そのまま尋ねてきたのです。
「ワシの探知竿(注2)でも、大体の位置は判るのじゃが、あまり感度が良くなくてのう。
多分、この辺りに居るか、居た事があったはずじゃが。」
辺りをキョロキョロと見回す仕草をして、改めてテンちぇるちゃんに顔を
向けたのですが、もちろん彼女にはありすぎるほど心当たりがある事は言うまでも
ないですね。
「あのぉ、違っていたらごめんなさい。
あの、可愛い女の子のような男の子の人魚さんの事でしょうか。」
その瞬間、お爺さんの目がグワッ!と見開かれ、まるでレーザーを発して
いるのではないかと言うほどの眼光で、テンちぇるちゃんを睨んで来たのです。
その迫力に一歩二歩と退いてしまった彼女でしたが、お爺さんはそのまま
後ろを向くと
「これ、ワシの尻を噛むでない。」
見るとお爺さんの乗って来た亀が彼のお尻を噛んでいたのでした。
「飯の時間は、まだ先じゃと言っておるじゃろうに、仕方がないのう。」
彼は腰に下げた魚籠の中から一匹の魚を摘まみだすと、
ってなぜ魚籠の大きさより魚の方が大きいのでしょうか・・・(注3)。
「一匹だけじゃからな。」
と、その魚を亀に与えたのでした。
「モグモグと満足そうに魚を咀嚼する亀を置いて、再びテンちぇるちゃんに
向き直ったお爺さんは、今度は優しげな様子で、言ったのです。
「おぉ、そうじゃそうじゃ、まさにその人魚の事じゃ。
この近くにおられるのじゃろうか?。
もし、居場所を知っておられるのなら、教えてもらえんじゃろうか。」
あの人魚の男の娘(おとこのこ)は、大概双烏堂か山寺、その間を移動しているかの
どれかですから、とりあえず近いほうの山寺に向かう事にしました。
なぜかテンちぇるちゃんまで座らせてもらった亀の背に揺られながら、
お爺さんは、自分の事を話してくれました。
「ワシは、馬白太郎(うましら たろう)(注4)と言ってな、まぁいろいろと
訳があってちょいとばかし、普通の人より長く生きておるんじゃ。
昔、海辺で亀を助けた事があってな、そうじゃそうじゃ、今ワシらが乗っておる
この亀じゃ。
そのお礼に竜宮と言う海の中の国に連れて行ってもらってのう。
食べ物はそれまで見た事も聞いた事もない美味いものばかりじゃったし、
色とりどりの魚の舞いは、実に見事でこの世の物とは思えぬほどじゃった。
なにより、音姫の美しさと言ったら。
女神様がおられたとしたらあの方を言うのじゃろうと思うほどの美しく優しく賢い
お方であったのじゃ。
そりゃもう、毎日が天国かと思える日々を暮らしたのじゃが、やはり自分の
家と言うのは、どんなに素晴らしい所より、恋しくなるものなのじゃなぁ。
ワシは竜宮を後にし、亀を助けた浜辺に戻してもらったのじゃ。
じゃが、驚いた事に、すっかりと景色は変わっておったのじゃ。
もはやワシの住んで居った村も無く、見た事の無い浜辺や山々、荒れ果てた土地が
広がっておるだけじゃった。
たまたま通りがかった近隣に住むという者に尋ねてみると、三百年程も前に
この辺りは大津波に飲まれ、それ以降住む者も居ないという事らしくてな。
思うに、ワシが竜宮に行っている間に、どういう訳か、地上では三百年という
年月が経っていたようなのじゃ。
その間に津波で村が無くなり、ワシ一人が残ってしまったという訳じゃった。
あれほど恋こがれた家も村も、家族も友人知人も居なくなってしまったワシの
悲しみをわかってもらえるじゃろうか。
じゃがな、音姫にある物を貰っておったのじゃ。
『この箱は、もうどうしようも無くなった時以外は絶対に開けてはいけません。』
と言われておったのじゃが、もはやワシにはどうでもいい事のように思われてな、
その箱を開けてやろうと、とめてある紐を解いたのじゃ。
さて、蛇が出るか鬼がでるかと、蓋を開けようとしたのじゃが、それを渡した時の
音姫の悲しそうな顔を思い出してしまって、やはり開けてはならぬと言われた物を
開けてはいけぬと、紐を結び直し、箱を持って当てもなく歩き始めたのじゃった。
そうして山を一つ二つと越えた所に、ワシの村があってな、家に居た母親に
『何日ほっつき歩いてんだいっ!』とスリコギでぶったかれてしもうた。
どうやら、亀が間違えて別の浜に送り届けてしまったようじゃったのじゃ。」
思い出し、大笑いをするお爺さんでしたが、締めの一言は、
「約束した事は、守るに越した事はないわな。」
興味深気に聞いていたテンちぇるちゃんでしたが、
「それで、その箱って何が入っていたのですか?。」
馬白は、少し顔を顰めて腰の魚籠の中に手を突っ込むと、何でも無いかのように
掌より少し大きな、黒い箱を取り出したのでした。
その箱は漆塗りで、房の付いた組み紐で封がされていました。
「これなんじゃがな、音姫によると、西の国では『はんどる』だったか『ぽんどん』
だったかと呼ばれている函と言っておった。
わしにはようわからんかったが、音姫も、開けた事はないそうじゃったし、
開けない方がよい類の箱だそうじゃて。
天狗の娘さんなら、なにか知っとるかな?。」
テンちぇるちゃんも、さすがに手に取る事はしませんでしたが、見た限り、実に
東洋的な箱でしたし、そんな名前の箱は聞いた事もありませんでしたので、
なんなのかはよくわかりませんでした。
「いえ、私にはわかりませんけど、開けなくてもいいなら、開けない方が
いいんじゃないですか。」
「そうじゃの、触らぬ神に祟りなしとはよう言うたものじゃな。」
馬白は再び魚籠の中に箱を戻したのでした。
そんな話をしながら山寺に着いた二体は、亀から下りたテンちぇるちゃんが先に立って
階段を上がり、お寺の門をくぐりました。 なにやら深刻な顔で額を突き合わせている鬼のトリオに出会ったのはその時です。
彼女に気が付いた鬼のトリオも、しかめっ面ながらも、いつものように「ガウ。」と
手を上げて挨拶をしてくれましたが、赤と黒に比べ青の挨拶は、もはやこのまま
死んでしまうのではないかというぐらい元気のないものだったのです。
頬は落ちくぼみ、目の周りには黒々とクマが浮かんでいますし、
よくよく見て見ますと、わかりづらいですが顔も青ざめているようです。
しばらくも見ないうちにいったいどうしたのかと、亀に乗った馬白を連れたテンちぇるちゃんが
彼等に近づいていきました。
(以下は翻訳のみ掲載いたします。)
「やぁ、テンちぇるさん、後ろの人というか亀はお客さん?。」
赤鬼が先ほどとは打って変わって朗らかに笑って声をかけてきました。
「ええ、馬白さんという方で、多分あの人魚さんを探して来られたそうなんです。」
途端に青鬼の肩がビクンと撥ねました。
目は辺りをキョロキョロと見回し、腰は座っていた岩から浮いています。
そんな様子に、ちょっと引いてしまったテンちぇるちゃんでしたが、
「あの、青鬼さんはどうされたんですか。
ちょっと見ないうちに、凄くやつれておられるように見えるんですけど・・・。」
赤と黒はなにやら困り顔を浮かべるだけでしたが、青は何かを探すように
辺りに鋭い眼光を走らせています。
目的のものが見つからなかったのか、安堵の息を吐いて再び岩に腰を降ろしたものの、
彼は目線を下げ、疲れ果てた様子で肩を落としたままでした。
今の青鬼には、普段の覇気溢れる鬼の姿は見る影もありません。
実はあの日以来、例の人魚に付き纏われているそうなのです。
単に近くをうろつかれるだけなら、鋼のメンタルを持つ鬼ですからなんと言う事も
ありませんが、ある時、青鬼が食事の席に着き、ご飯を受け取ったところ、
ご飯の上に、サクラデンブでハートマークを、食紅で「スキ」とメッセージを
書いてあったのです。
「まさか小雪からのメッセージか」と彼女を見てみましたが、皆の配膳中で、
そんな様子どころか、今彼に茶碗を渡した素振りすらなかったのです。
では、この茶碗を渡したのはと、周囲を見回してみると、入口の襖の隙間から
片目を覗かせるピンク色の影と目があったのです。
その途端、それまでなんの表情も見せていなかった目がすぅと嬉しそうに細まり、
襖の向こうに消えたのでした。
「あっ、青のだけサクラデンブ付きかよ、いいな~。」
呆然と襖を見る彼の茶碗を覗き込んだ小豆洗いの声に我に返った青鬼は、
食欲を失くし、茶碗を押しつけて席を立ったのです。
またある時、コーヒーを飲もうと何気にカップを見ると、そこには
フレッシュを使って、笑顔の青鬼と人魚のイラストが見事に描かれていたのです。
それは時間とともに二体が頬をくっ付けるという手の込んだものでした。
「いつの間にっ!」と辺りを見回すと、またも入口の襖の隙間から、
片目を覗かせるピンク色の影と目が合ったのです。
そして、それまでなんの表情も見せていなかった目が、すぅと嬉しそうに細まり
またしても襖の向こうに消えたのでした。
風呂に入っていてもどこからか視線を感じます。
辺りを見回してみても気配はなく、「気のせいか・・・」と鏡に目を戻すと、
湯気に曇った鏡の表面に「スキ(ハートマーク)」と書かれており、
脱衣所に置いてあったバスタオルには、知らぬ間に見事な刺繍で
LOVEの文字とともに青鬼と人魚の笑顔が描かれているのです。
それは当然のように布団、枕、はてはカーテンにまで及び、それらを見つける度に、
扉の隙間から見つめる目と目が合うのでした。
それが毎日のように続き、さすがの鬼も心身ともに疲労の極致に達して
しまったという訳なのです。
鬼をここまで追い詰めるとは、人魚とはなんと恐ろしい生き物なのでしょう。
テンちぇるちゃんはとうに引いていますが、今や亀仙人、いえ馬白も引いています。
「だからな、しばらく地獄に帰ったらどうかと話していたところなのさ。
さすがに地獄までは追っかけてこられないだろう。」
赤がやれやれと言った感じで言いましたが、青がそれに反発したのです。
「いや、鬼の誇りにかけて、それはできないっ。
あんな男だか女だかわからんような奴相手に、尻尾を巻いて逃げるなど、
そんな事をするぐらいなら、たとえ刺し違えたとしても決着をつけてやるっ。」
青鬼が憤怒の形相で吠え立ちあがると同時に、馬白も凄まじき形相で彼を
睨み据えたのです。
それはまさに鬼、いえ鬼を喰らう羅刹か不動明王を髣髴とさせるものであり、
その背後から噴きあがる闘気は、天使はもちろん、鬼達でさえ一歩二歩と
退かずにはいられない程のものだったのです。
3体の鬼の喉がゴクリと動き、汗が彼らのこめかみを流れていきました。
「こっこの迫力、闘気・・・なっなんなんだ、この爺さんは・・・。」
馬白は、その憤怒の表情のまま後ろを振り返ると
「じゃから、ワシノ尻を噛むではないと言うておるじゃろう。
飯の時間はまだじゃと言うに・・・。
まったく、仕方が無いのう。」
どうやら亀がまた馬白の尻を噛んで餌の催促をしていたようです。
魚籠から取り出した魚籠より大きな魚を咀嚼する亀の頭を撫でてから、4体に
向き直ると、それはそれは申し訳ない気持ち一杯の表情となっていました。
「我が国の王子が、大変なご迷惑をおかけいたしました。」
深々と頭を垂れる馬白に、さきほどの闘気は微塵も感じられません。
「いや、王子は、本当に優しく、下々への慈しみに溢れ、皆から愛されて
おるのじゃが、どうも一本気と言いますか猪突猛進と言いますか、思いこんだら
試練の道を打ち砕くと申しましょうか、とても自分に素直なお方なのですじゃ。」
「いや、それあかんやろ。」
と全員が思いましたが、声に出す事は押し留める事ができました。
「しかし、皆さま、そちらの青鬼様にご迷惑をおかけしております事は疑いのない
事のようでございますし、私が責任を持って連れて帰りましょう。」
その瞬間、青の目が輝きを取り戻したのです。
ふらふらとおぼつかない足取りで馬白に近づくと、その手を取ったのでした。
「ありがとう、ありがとう。
俺には爺さんが、閻魔大王に見えるぜ。
できる事があったら言ってくれ、どんな手伝いだってするぜ。」
まさに拝むように頭を下げる青鬼に、馬白もその手を取り、
「どうぞ、頭を上げてくだされ。
ご迷惑をおかけしましたのは王子の方でございます。
どうぞ、この爺に免じてお許しくだされ。」
それは、見た目の年齢、種族、属性さえも越えた慈しみ、いえ、友情が
芽生えた瞬間だったのかも知れません。
こうして、お爺さんと亀を加えた一同は、男の娘(おとこのこ)王子を
迎え撃つために立ちあがったのでした。

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」
「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

 お寺に続く山道を、ピンクのフリフリのドレス姿の女の子が走ってきます。
道の先に青鬼の姿を認めた彼女の表情はまさに輝く太陽、大輪の花が
花開き、幸せ一杯の笑顔が溢れていました。
見た目は女の子ですが、本当は男の娘(おとこのこ)だという事は、
前話のとおり。言うまでもないですよね。
息を切らせて女の子走りでやってきた男の娘の姿が、いきなり消えました。
彼の居た辺りには、布で地面に偽装されていた穴がポッカリと口を開けています。
「よし、かかったぞっ。」
左右の木々の陰に隠れていた赤と黒が走り寄り、穴に土を投げ込み始めたのです。
さすがの鬼の腕力です、見る見る穴が土で埋まっていきます。
そこに空から偵察していたテンちぇるちゃんが降りてきました。
「あの、本当に大丈夫なのですか、これ?。」
心配げに見ている彼女に、亀の甲羅に座ったお爺さんは淡々と言ったのです。
「この程度、なんという事もないじゃろう。」
それに合わせるように、土を投げ込んでいた赤が「そこかっ!」と左側の
何もない空間に拳を揮ったのです。
同時に黒も右側の、何もない空間に蹴りを見舞ったではないですか。
そして、二体の攻撃に炸裂音が響き、男の娘の身体が地面に叩きつけられる
轟音が響き渡ったのです。
赤と黒がともに手ごたえを感じたようで、それぞれが「やったか」と声を上げ、
転がる男の娘に近づくと、それはピンクの布を巻きつけた丸太だったのです。
「クソッ、変り身の術かっ!。」
素早く周囲を見渡した二鬼でしたが、男の娘の姿どころか気配すら見つける事は
できませんでした。
「青、見失った、気をつけろっ!」
それぞれから声が発せられましたが、それはもはや無駄な一言でした。
青鬼が、周囲の警戒を強める前に、彼は腰に違和感を感じていたのですから。
それに気が付いた彼が見降ろした腰には、ピンクのフリフリドレスが既に纏わりつき
その顔を埋めていたのです。
「うわあぁあああああぁああぁぁぁぁぁぁっ!」
驚きの声を発しながら、それを振り払おうと渾身の一撃が揮われましたが、
彼の剛腕は何も捉える事はできなかったのです。
それは既に右腰から左腰に移動していたのです。
それを追って再び揮われた拳も空を切り、背中に回った男の娘は、
優しく彼の首に腕をまわしていたのです。
青鬼の叫び声とともに、幾たびも拳が腕が、脚が揮われましたが、それらは
まるで彼が一鬼でダンスを踊っているかのように、何一つ捉える事ができず、
彼の身体の上をピンクの影が縦横無尽に動き回っているのでした。
その光景を、信じられないという表情で見るのは赤と黒の二鬼だったのです。
青鬼は、トリオの中でもスピード・ファイターと呼ばれる闘い方の鬼なのです。
その青が、男の娘の速さに追いつくどころか、いいように翻弄されているの
ですから。
これでは、例え赤と黒が援護に加わったとしても、とてもついては
いけないでしょう。
「うがぁぁぁああああああっ!」
男の娘が背中に回ったところで、青が自らの身体を地面にぶつけ、押し潰そうと
しましたが、当然のように彼の身体が地面にぶつかる時には、その姿は
背中にはありませんでした。
地面をゴロゴロと転がり、勢いをつけて立ちあがった青鬼が、荒い息で周囲に
視線を走らせると、離れた所に立つ木々の間から片目だけを出した男の娘が
彼と目が合った瞬間、目を細め頬笑みを浮かべたのです。
それはまさに、今トリオが、全力で自分を叩き潰しにきた事など無かったように、
恋する乙女心満載の、愛しい者を見るものに相違ありませんでした。
愕然とその様子を見るしかない鬼達でしたが、驚くべき事にそんな男の娘の肩を
叩く者がいたのです。
「王子、もうこの辺にしておいてはいかがかな?。」
まさか彼も、自分の後ろを取られるなんて考えてもいなかったのでしょう、
驚きに肩を撥ねさせ、驚愕の様子で振り返ると、そこには亀に乗った、
あのお爺さんが居たのです。
「えっ、じっ爺っ!
なんでこんな所に。」
どうやら、青鬼以外は、目に入ってはいなかったようです。
「音姫も心配しておったぞ、そろそろ竜宮に戻っては・・・。」
馬白の言葉を立ち切り、男の娘がその場から動きました。
まさにその速さは瞬間移動をしているのではと錯覚させる動きで、次に彼の姿を
見つけた時は、全く別の場所に移動した後だったのです。
しかし、次の瞬間には、馬白が、その後ろに居て、さらに男の娘が移動した
次の瞬間には馬白が後ろに居るという追いかけっこを繰り返し、あまつさえ
男の娘が移動した時には、馬白が既にその場所に居るという追い抜きさえ
おこっていたのです。
その攻防に、他の4体は、驚きを隠す事ができません。
「凄い、あいつのスピードについていっている、いや、超えているっ。」
「確かに、凄いな。
でも、走っているの、亀だよな。」
「ああ、亀だな。」
「確かに、亀だな。」
「亀ですね。」
どれだけの時間攻防が繰り返されたでしょうか、男の娘が
両手を地につけゼイゼイと息を切らし、動きを止めるに至り、終に決付が
付いたのでした。
もはや動けずにいる彼の前に、亀の上から馬白が滑り降りてきました。
「王子、ワシに勝とうなどと、百年は早うございますぞ。
これでワシから逃げる事なぞできぬものとわかったでございましょう。
さあ、竜宮に帰りますぞ。」
下を向いていた男の娘の顔がゆっくりと上がり、馬白と目が合いました。
「いやだ、ボクは青様の傍にいるんだ。
竜宮なんかに戻るもんかっ!。」
目の奥に消しきれない闘志を燃やし、馬白を見上げる彼の言葉に、馬白の
怒りも頂点に達したのか、それまでの温和な表情が、俄に憤怒の表情に
置き換ったのです。
まさにその変化は、大魔神(注5)のそれを髣髴とさせるものでした。
「じゃから、ワシの尻を噛むではないっ。」
どうやら、また亀が馬白のお尻を噛んでいたようです。
その隙を逃さず、男の娘が馬白に突進してきました。
「亀さん、放しちゃだめっ!」
亀にお尻を齧られたままのお爺さんは、彼の突進をかわす事ができず
組みつかれてしまいましたが、どうした事か、彼はすぐに馬白から離れたのです。
そして、彼の手には、房の付いた紐で結ばれた、掌より少し大きめの黒い箱が
握られていたのです。
それに気が付いた馬白は、魚籠の口を押さえましたが、もはや後の祭りでした。
「そっそれは、返すんじゃ、それは大切な物なのじゃ。」
お爺さんが手を伸ばし近づいた分だけ、彼も離れ、決して間合いを詰めさせる事は
ありませんでした。
どうやら、馬白も、箱が開いてしまうのを警戒して、強くは出られないようです。
そんな箱を胸に抱えて、男の娘は言ったのです。
「知っているんだ、この箱が『パンドラの箱』だって事ぐらい。
この箱の中には、破滅が詰まっているって事もっ!。」
それに反応したのは、馬白よりテンちぇるちゃんの方でした。
「パンドラの箱っ、どうしてそんな物がこんな所にあるのっ。」
パンドラの箱、それは、神よりパンドラという名の女性に
「絶対に開けてはいけない」
と預けられた箱だったのですが、好奇心を抑えきれなかった彼女は、それを開けて
しまったのです。
彼女が蓋を開けた瞬間、その中に詰まっていた怒り、恐怖、悲しみ、嫉妬、恨み、
後悔、あらゆる負の感情が溢れだしたのです。
まだ開けきっていなかったおかげで、不幸中の幸いにも「破滅」を解き放つ事を
防ぐ事ができたのでした。
その箱が、今や男の娘の手の中にあるというのです。
「だめよっ、それを開けたら世界が滅びてしまうっ!。」
叫んだ彼女に、トリオが説明を求めようとしましたが、それより早く、男の娘が
叫んだのです。
「うるさい、うるさい、うるさいっ。
このまま青様の傍から引き剥がされるぐらいなら、こんな世界なんて
滅んでしまえばいいんだ。」
一気に紐を引きちぎり、両手で箱を高く振り上げたのでありました。

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」
「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

「だめじゃぁぁぁぁっ!」
「やめてぇぇぇぇぇっ!」
馬白と、テンちぇるちゃんの悲鳴が虚しく響き、無情にも地面に叩きつけられた
玉手箱は、蓋が外れ、中のものを解き放ったのです。
箱から真っ白い煙が空に向けて立ち上ると、もやもやとしていた煙は
だんだんと集まり、終には人の姿を作り上げたのです。
頭にはターバンを巻き、顎髭を豊かにたくわえ、袖なしで丈が短い前開きの赤い服、
ダブダブで足首で絞られた白いズボン。
そして、脚先が反り返った靴を履いた巨人が空中に浮かび、地上の者達を
睥睨していたのです。
「こっこれがパンドラの箱、破滅の正体なの・・・。」
テンちぇるちゃんの言葉に、空中の巨人は、彼女を睨みつけ言ったのです。
「そこな天使、私をあの程度の破滅しかもたらす事のできぬ者と同じに
するではない。
私の名は、ある時は『ランプの魔神』、ある時は『宝石の魔神』、またある時は
『壺の魔神』、ある時は『龍の玉の魔神』。
そして今の名は『玉手箱の魔神』(注6)。
主となった者の願いを叶えるのが私の使命ぞ。」
ギロリと地上の面々を睨み回し、男の娘のところで目を止めたのです。
そして、その厳めしい表情を緩めると、
「ほぉ、此度はなんとも可愛らしい主ではないか。
さぁ、そなたの願いを言うがよい、どのような願いも私がたちどころに叶えて
しんぜよう。
だが、叶える願いは一つだけ、よくよく考える事ぞ。」
魔神の言葉に真っ向から反対の声を上げたのは、やはりテンちぇるちゃんでした。
「ダメよっ、願いなんてそんなに簡単に叶えられるものじゃないのっ。
いったいどんなにねじ曲がった解釈をされ・・・。」
途中で彼女の声は途切れました。
いえ、口は相変わらずパクパクと動いていますが、声が出てはいないのです。
それは他の4体も同じで、口をパクパクと動かしては喉を抑えたり、耳の横に
手で囲いを作ったり、自分の口を指差して首を振ったりしています。
「はっはっはっはっ、私は主となった者以外の願い以外は聞きたくないのでな。
さぁ、主よ、そなたの願いを言うがよい。
どのような願いも、思いのままぞ。」
ぽかんと空の魔神を見上げていた男の娘は、ようやくといった様子で言葉を
絞り出したのでした。
「本当に、なんでも願いを叶えてくれるの・・・。
ボクの、どんな願いでも・・・。」
その質問に、魔神は満面の笑みで応えたのです。
「はぁ~いぃ♪、もちろんでございますともぉ。
世界の王にも、使いきれぬ財宝、強大な力、地位も名誉も思いのままに叶えて
さしあげましょう。」
胸の前に手を置き、仰々しく体を折った魔神の目がギラリと光りました。
唇を噛みしめ、震える脚を叱咤して、ゆっくりと男の娘が立ちあがり、上空の
魔神をしっかと見つめたのです。
それを止めようと、テンちぇるちゃんを先頭に皆が彼に走り寄って行きましたが、
魔神のさりげない手の一振りで、まるで暴風に吹き飛ばされる木の葉のように、
一斉に吹き飛ばされてしまったのでした。
そして、何事もなかったように、魔神は満面の笑みで男の娘が願いを言うのを
待っているのです。
皆が吹き飛ばされた様子に動揺したようでしたが、ドレスをギュッと握りしめ、
再び強い意志を持って魔神を見上げ、ついにその口から願いが放たれて
しまいました。
なんとかその声を止めようと、大きく開かれたテンちぇるちゃんの口は
「ダメぇ~~~~~~~~~~っ!」
と動いていましたが、その声は誰にも届く事はありませんでした。
そしてついに、その願いは魔神の許に届いてしまったのです。
「ボクを女の子にしてっ!!!。」
その声と伴に、魔神ハ大きく腕を広げ、大地を揺るがす笑い声ヲ響かせました。
「うわっははははははははははははははははははっ、ソノ願い叶えましょうぞ♪。
ア~ブラ~カ~ダブラァ~~~ッ♪。」
空間が震え、周囲の原理が次々と書き換えられていきます。
その揺れは、水面に落ちた波紋が逆再生されるように男の娘に向かって集約し、
全ての波紋が彼に集った瞬間、太陽の光を髣髴とさせる輝きが、辺りを
覆い尽くしたのです。
目を焼く閃光に、とても見続けていられませんでしたが、それも徐々に弱まり、
しばらくもすると、残像を残しながらも辺りの様子も識別できるように
なってきました。
そこには、相変わらず上空に浮かぶ魔神と、その足下に自身の身体を抱え、蹲る
人魚の王子がいたのです。
逸早く駆けだしたのは亀と、その上に乗った馬白、そしてテンちぇるちゃんと
鬼のトリオが続きました。
浮かぶ魔神を警戒しながらも
「王子っ、王子っ、ご無事でございますか、王子っ、王子っ!。」
必死に呼びかけ、男の娘の身体を揺する馬白は、もはや亀にお尻を齧られても、
一顧だにもしませんでした。
「いったい何をしたのっ、この子を元に戻してっ!。」
テンちぇるちゃんは、上空に浮かぶ魔神を睨みつけましたが、彼にはなんの痛痒も
感じさせる事はできませんでした。
「ふっふっふっ、何をと申されましても、主の願いを叶えただけの事。
それ以上もそれ以下の事もしてはおりませんがねぇ。
まぁ、これほど愛らしい主も久しぶりですからねぇ、少々サービスして
おきましたがね、ふっふっふっふっふっふっ。」
テンちぇるちゃんが、唇を噛みしめ、魔神を睨んでいますと、馬白の声にようやく
男の娘が目を覚ましたようです。
ゆっくりと立ち上がると、河から上がってきた時のようにボンヤリとした表情を
していましたが、それもしばらくの間で、徐々に意識がハッキリとしてきた
ようです。
その様子に、全員が息を飲む音が聞こえてきそうなぐらい、緊張が高まっていったのです。
唯一、魔神だけが笑い顔を浮かべています。
見た目、どこが変わったという事はありません、ですが違うのです。
先程までの彼、男の娘は、とても可愛く、知らなければ誰もが女の子だと思う事に
異論はありませんでしたでしょう。
ですが、彼が男の子だと知った上で見ますと、骨格や筋肉、脂肪の付き方、
僅かな、ほんの些細な男女の違いがそれぞれを見なれた目には違いとして判って
しまっていたのです。
ですが、今はそんな僅かな違いさえなく、目の前に居るのは、女の子以外の
何者でもありませんでした。
自身も、そんな状態に気が付いたのでしょう、いきなり自分の胸を掴むと
「すっすごいのが、あるっ!。」
そこには手の平に余る豊満な膨らみが二つ、確かに存在していたのです。
テンちぇるちゃんが、強く唇を噛みしめました。
「わっはははははははっ、お前達は、そういう豊満なものが好きなのであろう。
私からのサービスだ、遠慮なく受け取るがよろしい。
そこな天使、安心するがよい、私はどちらかと言うと慎ましい胸の方に好感を
持っておる。
小さき事を卑下する必要はないぞ。」
その場にいた善因が目を逸らしました。
テンちぇるちゃんは、拳を強く握りしめ、
「こいつ絶対にぶん殴るっ、ぶん殴るっ、ぶん殴るっ、ぶん殴るっ!。」
と、決意を新たにしたのでした。
そんなテンちぇるちゃんを置き去りにして、魔神の笑いが再び
響いたのです。
「ワッハハハハハハハッ♪。
お気に召して頂けましたかな。
性別を変える事ぐらい、簡単過ぎて、この程度の願いで良いのかと私の方が心配に
なっていたのですが、お気に召して頂けたようでなによりでございますな。
それでは、再び時空の何処かで互いの縁が交差しました時にお会いしましょうぞ。
わっはははははははははははははっ♪。」
笑い声をドップラー効果に乗せ、魔神は空高く舞い上がりその姿を消したのでした。
虚しく空を見上げる一同の耳に、明るい幸せ一杯の声が響きました。
「青様~♪。
ほらボク女の子になったよ。
喜んで、これで問題はなにも無くなったよ♪。」
ピンクのドレスを風に靡かせ、女の子となった元男の娘が走ってきます。
目の星はこれまでより1.5倍増ですし、どことは言いませんがプルンプルンの
プリンプリンです。
「うわ~、来るんじゃねぇっ!」
青鬼の制止を無視して、トップスピードに移ろうとした彼女でしたが「ぐえっ!」と
あまり乙女が出してはいけない声を出して、急停止したのです。
その襟首には、小さな釣り針が引っかかり、そこから釣り糸が、馬白の持つ
釣り竿へと繋がっていたのです。
「王子、ワシの釣り針から逃れられるとは思わぬ事じゃ。
あまり使いたくはなかったのじゃが、仕方がないでな・・・。」
襟首を釣り針で引っ張られている事に気が付いた女の子は、それを外そうと
ワタワタと手を動かしていましたが、馬白が竿をヒュンと振ると、糸に
引っ張られた身体が、宙を舞ったかと思う間もなく、彼の腰の魚籠の中にスポンと
入ってしまったのです。
やれやれと、溜息を吐いた馬白は、魚籠の口をポンポンと叩き、
「王子、竜宮に着くまで、その中で大人しくしておいてくだされ。」
その声に反応してか、魚籠の中から、女の子の声が聞こえてきました。
「うわぁぁぁん、出してよぉ、せっかく女の子になれたのに、ひどいよぉ。
いやだ~、竜宮に帰りたくないよぉ~、青様~っ、青様~っ、助けてよぉっ・・・。」
赤と黒は腕を組んで「うんうん」と頷いていますし、青はほっとした顔で
へたり込んでいます。
テンちぇるちゃんは拳を固めたまままだ空を睨み、その口からは675回目の
「ぶん殴るっ!」という声が小さく聞こえてきました。
そんな4体に亀に乗った馬白が近づいてきたのです。
「皆さま、お騒がせいたしました、
お詫びはまた改めてさせて頂きたいと思っておりますので、王子はこのまま竜宮に
連れて帰らせて頂きますのじゃ。」
そう言って、ペコリと頭を下げた彼に、テンちぇるちゃんが尋ねました。
「あの、王子と言っておられましたが、女の子になっちゃって大丈夫なのですか。」
その問いには、快活に笑われたのです。
「王子とはいえ、継承順は二桁の後ろの方ですからな。
まぁ、問題はありませんでございましょう。」
そう言うと、馬白は亀とともに少し離れた広場に向かって行きました。
そこで、亀が頭や手足を身体の中に引っ込めると、それらの穴から
爆音とともに炎を吹き出し、空に昇り始めたではないですか。
「皆さまお達者でなぁ~。」
馬白の声を残し、クルクルと回り始めた亀は空の彼方へと飛び去っていったのです。
その様子に呆気に取られながら、小さくなっていく亀を見送る4体でした。
「なんだよ、あの亀・・・。」
「なんか、あれに勝てる気がしないんだが、きっと口からプラズマ火炎弾を出すんだぜ。」
「ありゃ、玄武(げんぶ)だったんじゃねえのかなぁ?。」
「あの爺さん、四聖獣(注7)に乗ってんのかよ・・・。」
「とりあえずは、これで一件落着ですね♪。」
その一言で、皆の口から改めて溜息が出ました。
これで全てが終わったと、ぞろぞろと寺に戻っていく一同なのでした。が・・・
後日、双烏堂のおばちゃんに
「帰ったんなら帰ったって、なんで教えに来ないんだいっ!。
いきなり居なくなって、シフト調整が大変だったんだからねっ!」(注8)
と、揃ってこってりと絞られる結果となりましたとさ。

「注釈」
○注1、亀 : 人が数人、余裕で乗れるほどの巨体を誇り、象亀に似てはいますが、
全く別の種族です。
普段は他の亀のようにゆっくりとした動作で動いていますが、人の目の
追いつかない速さで動く事もでき、頭手足を胴体内に収納し、そこから
ジェット噴流を噴射して空を飛行する事も可能です。
陸海空とその行動範囲に壁はありません。
一説には、四聖獣の玄武ではないかと思われていますが、その根拠を示されては
おらず、あくまでも推測の域を出てはいません。
口からプラズマ火炎弾を打せたらいいなと思います。
○注2、探知竿 : 竿、糸、釣り針がセットになった釣り道具。
魚の居場所を自動的に探知し、掛かった魚は大きさに関わらず釣り上げる事が
できます。
釣り人垂涎のアイテムですが、趣味で釣りを行う者の場合、吊り方や場所を
自分で考え、工夫する事を必要としませんので、初心者ならいざ知らず、
玄人となるほどこれを使う者を嫌悪し始める傾向にあります。
○注3、魚籠(びく) : 竹で編まれた、腰に着けるタイプ
の入れ物。
馬白の持つ竿で釣り上げた物を、大きさ、量に関係なく入れておく事ができます。
取り出す時は、魚籠の口から手を入れ普通に出す事ができ、これは持ち主か
どうかに関わらず、誰でも取り出す事ができます。
ただ、一度入った物は、取り出してもらわないと出る事はできません。
似たような道具に、西遊記に登場する金角、銀角兄弟が持っている、名前を呼ばれ
返事をすると、吸い込む瓢箪(ひょうたん)や未来からきたロボットが使う
四次元ポケットなどがあります。
○注4、馬白 太郎(うましら たろう) : 浦島太郎のアナグラム。
かつては普通の漁民でしたが、砂浜で子供たちに虐められている亀を助けた事で、
竜宮に招待される事になりました。
そこで何日かとも知れず、歓待を受け至福の時を過ごす事となりましたが、
そんな折、竜宮が海の妖怪である海坊主の一団に襲撃されると言う事態に
見舞われたのです。
不意を突かれた竜宮は、竜宮城まであと僅かまで押しこまれてしまいましたが、
馬白の機転と、子亀(当時は人一人がやっと乗れる程度の大きさ)との見事な
連携で海坊主達を押し返しました。
さらに、持っていた釣り竿、糸、釣り針、魚籠を使ったワナに
海坊主の首領を誘い込む事に成功し、僅かな勝機を掴み取って
竜宮を危機から救い出したのです。
竜王からは、数多の褒美や竜宮での地位、名誉を示されましたが、
「いずれも自分には過ぎた物でございます、それより、海を平和に治めて
頂きます事が、自分のような漁民にはありがたいのです。」
と言う彼に、竜王はいたく感心し、海を平和に治める事を約束したのでした。
長期の逗留を懇願され、その言葉に従った馬白でしたが、やがて家が恋しくなり、
地上に戻ったところ、家どころか村自体が三百年前の大津波で壊滅し、
誰も住まない場所となっていたのでした。
彼が竜宮に行っている間に、地上では三百年という月日が流れていたのです。
それを悲観した馬白は、音姫から託されていた玉手箱を開けようとしましたが、
蓋を開ける手前で思いとどまり、失意のまま付近を彷徨う事となりました。
そんな中で、自分の村を見つける事ができ、実は亀に送り届けられた砂浜は
村とは別の浜だったという事がわかり、無事に自分の家、家族の許に
戻る事ができたのです。
ただ、竜宮に居たためか、そこの食事を摂ったためか、長い寿命を得る事となり、
その後は再び竜宮に行き、現在はそこで暮らしています。
○注5、大魔神 : 東宝特撮映画「大魔神」シリーズに出てくる巨大な像の魔神。
像の形態は、古代の鎧を着た埴輪ですが、その怒りに触れた場合、顔面で腕を
クロスさせ、その手を開くと、顔が怒りに満ちた表情となり、敵認定した相手を
その巨体を活かし、問答無用に撃破していきます。
その表情が変わるという動作を利用して「オレたち、ひょうきん族」の撮影で、
NGを出した出演者が懺悔を行うコーナーでは、神役の者が「罰なし」の場合は
両腕でマルを作り、ニッコリと笑い、「罰あり」の時は手をクロスさせペケを作り
怒りの顔となる、というものがありました。
特に中盤からは、丸を作ると見せかけてペケにするというフェイントを
交える事で、懺悔出演者を喜ばせてから叩き落とすというテクニックも見せ、
視聴者をおおいに笑わせてくれました。
○注6、魔神 : 各地の伝説や童話などに現れる、呼びだした相手の願いを
叶える事を目的としている神。
通常の神の社会からはあぶれた神であるが故、願いを叶えるという一点で人や
他の世界に関渉してきます。
ランプの魔神、宝石の魔神、壷(ツボ)の魔神、龍の玉の魔神など、よりどころと
する道具は各種見られます。
口の開いている道具(ランプ、壷など)の場合は呼び出す呪文が必要となりますが、
蓋のある物の場合はその蓋を開けるという行為で呼び出す事ができます。
口や蓋の無い物の場合(宝石、像など)の場合は動かす触るなどの行為で
呼びだす事となります。
ただ、あくまでも基本的にという事で、複合化されていたり、口がなくても
呪文が必要など、呼び出し方法は多岐に渡っています。
また、神であるだけにあらゆる願いを叶える事ができますが、周辺に大きな影響を
及ぼす願いであればあるほど恣意的な解釈がされ、思っている願いとは
似て非なる結果を与えられる事が多くあります。
争いの無い世界を願った者は、自分以外の生物が居ない世界に飛ばされ、
力を欲した者は、強大な力を持った異形の怪物とされました。
金(gold)を望んだ場合、自分の手が触れた物全てを金(gold)に変えるように
され、世界の王になる事を望んだ者は、蝿の世界の王となりました。
地域によっては、魔神では無く、悪魔と呼ばれる事もあります。
○注7、四聖獣 : 東西南北を護ると言われる4体の架空の動物。
東に青龍(せいりゅう)、南に朱雀(しゅじゃく)、西に白虎(びゃっこ)、
北に玄武(げんぶ)が配置されています。
この四聖獣に、中央の黄龍(こうりゅう)を加える場合もあります。
青龍は、文字通り青い龍、朱雀は赤い鳥(鳳凰)、白虎は白い虎ですが、
玄武だけは、亀と蛇が絡み合った姿となっています。
それぞれに色が付いているのは、中国の思想で、世の事象と人の体を五色で
表わすというものがあり(五行色体:ごぎょうしきたい)、これを方角に
当てはめますと、東は青、南は赤、西は白、北は黒(玄武の玄は黒を意味します)と
なり、中央は黄色となります。
これらの色と架空の動物を合わせた物が四聖獣となり、主に都作りをする時に
それぞれの法学を護るために配置されました。
また、それぞれの動物を地形に例えて、土地の東西を大河(青龍、白虎)が流れ、
南に大きな池・湖(朱雀)、北に山(玄武)があるのが都作りに適した地形と
いわれています。
京都の地形はまさにこの通りであり、東西に鴨川、桂川、南には宇治の辺りに、
かつては大きな湖沼がありました。
そして、北には北山があり、これらの地形が四聖獣に当てはめられています。
○シフト調整が : いきなり休まれますと本当に大変なんです、お願いですから
休む事がわかった時点で連絡を入れてください。
世のシフト管理者になり代わり、お願いいたしますぅ・・・。

第23話 お・し・ま・い・♪。
(2022.7 by HI)

◆ ◆ ◆

前話(22話)で颯爽と登場した鬼騒がせな人魚さんの恋の顛末、
次々と巻き起こる思いがけない展開に驚きの連続でした。
人魚さんを引き取りに現れたのは、なんと亀に乗ったウマシラ太郎さん。
玉手箱から煙とともに現れたのは、なんと願いを叶える魔神・・。
お話の中に、人魚さんが魔法にかけられ生まれ変わるシーンの描写がありますが、
HIちゃんの手によって世界の物語が華麗に変身し、ひとつにまとまっていく見事さは、
絵にすればまさにあのシーンそのもののように感じました。

それにしても、潮風はほんのり涙の香り・・ああ、人魚さんの恋は叶わない定めなのでしょうか。
願いが叶った途端、愛する彼と引き離されるシーンには心がずきずきしました。
でも、神経衰弱の故とは言え、「あんな男だか女だかわからんような奴」なんて
暴言を吐く青鬼さんは恋の練習台で十分。
偶然ではあってもそんな青鬼さんをにらみつけ、人魚さんを強引に連れ帰ってくれた
ウマシラさんにちょっぴり感謝です。
相手の心ではなく、自分を相手に合わせて変えたいと願う純心、いつか報われ、
もっと素敵な誰かとhappy endを迎えられますように、人魚さんに代わって願います。
テンちぇるちゃんの物語の記念すべき第1話「桜吹雪だょ テンちぇるちゃん♪」の、
皆で千絵理さんのお説教を受けるシーンのデジャブのようなラストシーンを置き土産に
去っていくあたり、しかとテンちぇるちゃんファミリーの素質を感じる人魚さん、
男性を見る目を磨いて、いつか戻ってきてくださいね。
双烏堂のおばちゃんやお客さんと一緒に、また会える日を楽しみにしてます!

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