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お仕事だょ テンちぇるちゃん♪


「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ〜ん」「テンちぇるちゃぁ〜ん」

「ハァ〜イ、テテンチェルチェル、テテンチェル〜♪」

 秋も深まり、そろそろ風を冷たく感じる空をふぃよふぃよと飛んでいるのは、
もちろんテンちぇるちゃんです。
いつものように、緊張感のかけらも見せず、ノンビリと空を漂っているようにしか
見えませんが、お仕事とかは大丈夫なのでしょうか。
ちょっと心配になってしまいます。
街を眼下に飛んでいますと、どこからか彼女を呼ぶ声が
かすかに聞こえてきました。
この国で彼女を呼ぶ者などそう多くはありませんので、いったい誰だろうと
キョロキョロと辺りを見回しますと、住宅の間にポツンとできた空き地で
一人の女の子が座っているのが目に入りました。
両足を抱えて遠くを見つめているだけの、どこにでもいる女の子のようですが、
身につけているのは綻び汚れ、この街にいる普通の子供達とは違う古い着物でした。
なによりその子を不思議たらしめているのは、姿を通して背後の景色が
見えていることなのです。
ウィンディーネのような精霊などでなければ、それは魂か幽霊と思って間違いは
ないでしょう。
風に乗り、軽やかに彼女のいる空き地の外に舞い降りたテンちぇるちゃんは、
一歩空き地の中に足を踏み入れた瞬間、泥の中に踏み入ったような感覚とともに
あまり気持ちのよいものではない気配に包まれました。
霊感を持った者なら」ここには悪霊がおるぞっ!」と叫び声を
上げることでしょう。
「あっ、ちょっとやばいかも・・・。」
彼女にとってはこの程度のこと、なんら支障となることではありませんが、
もし、ここに人が住むようなことになればかなり酷い影響を受けるでしょうし、
なにより、このことはまだ序の口でしかなかったのです。
テンちぇるちゃんは、未だ姿勢を崩さず膝を抱えて遠くを見つめる女の子に、
ゆっくりと近づいていきました。
そして彼女に手の届く所まで近づくと、その顔を覗き込むように優しく声をかけたのであります。
「こんにちは、貴方はここで何をしているのかしら?、お姉ちゃんに教えて
もらえないかな?。」
女の子はテンちぇるちゃんの方へは一切顔を向けずに、遠い空を見つめたまま
言いました。
「母ちゃ(かあちゃ)を待ってる、ここで待っていれば母ちゃが迎えに来てくれるの。」
この子の着物姿を見ても、母親と別れたのは、ここ数日などではないことが判ります。
少なくとも、お祭りや特別な日でもない限り、もうこの国の子供が着物を
着るなんてことはそうそうありませんし、着たとしてもこんな汚れた
仕立ての悪い物を着ることなんてありはしないでしょう。
「そっかぁ、お母さんを待っているのね。
 随分長いこと待っているみたいだし、ひょっとしたらお母さんは先に
 行っているかもしれないよ。
 お姉ちゃんは、その場所を知っているから、一緒に行ってみない?。
 きっとそこで、お母さんも待っていると思うの。」
それでも、テンちぇるちゃんの方に顔どころか目も向けない女の子の腕に優しく
手を添えた瞬間、女の子の顔がグルンと回る勢いでテンちぇるちゃんに向き、
ひび割れた大きな声を出したのです。
「母ちゃを待ってる、母ちゃがここに迎に来てくれるのっ。」
同時に、彼女のそれまで丸かった瞳が縦に細まり、その口からは鋭い牙が唇を
割って伸び上がり、頭からは曲がりくねった角が何本も伸び始めたのでした。
「やっぱり魔物化(注1)し始めているっ」
テンちぇるちゃんは一気に後ろに飛び退ると女の子との間合いを開け、
杖を高く構えて聖唱を唱えようとしました。
が、それより一瞬早く、女の子とテンちぇるちゃんの間に割って入ってきた者がいました。
「お待ちください、お待ちください、お使い様。」
それは、衣冠(注2)姿の男でしたが、その姿もまた透き通っていたのでした。
いえ、女の子の透け方よりさらにひどく、うっすらと色の付いた影としか
見えないものでした。
慌てて飛び出してきた彼は、テンちぇるちゃんの前で腰を折ると
「空を行かれるお使い様お呼びいたしましたのは私でございます。
 お使い様ですれば、この子を行くべき場所に導いていただけるのではと
 思いまして、お試しするような真似をいたしました事、ひらに、ひらに
 ご容赦ください。」
黙って聞いていれば、このままいつまでも謝罪を続けていそうな彼に声をかけ
子供と彼の関わりを尋ねてみました。
 どうやら子供は、この辺りが深い森だった頃、近くの村に住む者だったようです。
その村が夜盗か侍崩れの者に襲われた折、母子が命からがら逃げてきたのですが、
追い手に追いつかれるのも時間の問題となったとき、母親は子供を木の洞に押し込み
「母ちゃんが戻ってくるまでここから出ちゃいけないよ。」
と洞の中の子供に言い聞かせ、去っていったのでした。
囮となって追い手を引き付けて行った母親には、逃げ切れる算段もあったのかも知れません。
しかしいつまで待っても母は戻らず、子も洞を出て一人で生きていけるわけもなく、
母の戻るのを待ち続け、そのまま命尽きてしまったのでした。
その魂がこの場に縛り止められてしまったのです。
「そうです、その洞がありましたのが私の体なのでございます。」
彼は古木の精で、単にあいていた洞に子供を押し込まれただけなのですが、
母親の最後の願いと、この子を預かり護り続けていたのです。
彼の体があるうちは、悪意や邪気が近づくのを防ぐこともできたのですが、
森が切り開かれ、やがて彼の体が切り倒されると、彼の力は目に見えて
弱くなっていき、子供も、漂う悪意や邪気にさらされ、悪鬼(魔物)と
なりつつあったのでした。
「もはや護りきることもできぬかと諦めていたところに、お使い様が通りかかられ、
 一縷の望みをかけて呼びかけさせて頂きました次第なのでございます。
 どうでございましょう、この者をお使い様のお力で、行くべき場所に
 導いてやっていただく事はできぬでありましょうか。
 見てください、周囲に家が建ち並ぶなか、この土地だけが
 空き地となっていることを。
 これまでもこの土地に住まう者が居ないわけではなかったのでございます。
 幾人もの者が家を建て、生活を送っていたにもかかわらず、この者の影響を受け
 温厚な者、優しき者が狂気に侵され、長くても数年で
 この地を去る事となっていくのでございます。
 私が消えてしまえば、この者はすぐにでも悪鬼となりて、この土地だけでなく
 周囲の土地に住まうものにまで不幸を与える事となりましょう。
 お願いでございます、どうか、どうか、この者を行くべき所に導いてやって
 くださいますよう重ねてお願いいたします。」
再び頭を下げる彼に、テンちぇるちゃんは難しい顔をしました。
「今のままじゃ難しいと思います。
 この子は母親との約束に縛られていますし、悪鬼となりつつある今、
 思いそのものが悪意となっていますから。
 せめて母親の魂のいる所が判り、この子を迎えに来てもらえれば、
 なんとかなるかも知れませんけど、故人の魂、それも何百年も昔のものだとすれば、
 探し出すのはさすがに無理でしょう。」
同時に男が勢いよく顔を上げました。
その表情には僅かばかりの期待を見つけた者特有の輝きが灯っていたのです。
「それならば、そこにおります。」

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ〜ん」「テンちぇるちゃぁ〜ん」
「ハァ〜イ、テテンチェルチェル、テテンチェル〜♪」

彼の示す方向に目を向けると、敷地の外、隣の家との境界に立つ電柱と
重なるように立つ者がいたのでした。
皮膚も肉もなく布きれとなった衣服が骨に纏わりついているだけの骸骨が
既に穴があくだけとなった眼窩を、相変わらず膝を抱えて座る女の子に
向けていたのです。
女の子の存在感が大きかったのと、ほぼ電柱と重なっていたため、、
テンちぇるちゃんは気づけなかったのでした。
「あっ、スケルトン(注3)ってこの国にもいるのね。」
場違いな感想を抱きつつ、今度は骸骨に近づいて言ったのでした。
「こんにちは、貴方はあの子のお母さんですか?。」
彼女はテンちぇるちゃんの問いかけに答えるどころか、その声も聞こえては
いないかのように、女の子を見つめ続けているだけでした。
「お使い様、私も幾度となくその者に声をかけていますのですが、私の声に
 終ぞ答えを返したことはないのです。
 さっさとこの子を抱きしめてやればよいものを、約束を守れなかった
 思いが強く、子供に会うことができないのでございましょう。」
そうして、女の子の頭に手を乗せると、心なしか魔物化したままの彼女の顔が
綻びたように見えました。
テンちぇるちゃんは、骸骨に何度か声をかけてみました。
やはりなんら反応を見せる事はなかったのですが、目の前でひらひらと手を振ってみると、
いらつくように首を小さく動かしていましたから、存在を全く感知していない訳ではなさそうです。
試しに、目の前に立ってみると、骨の手で彼女を押しのけてきました。
「う〜ん、これはやはり女の子はお母さんを認識していないようだし、
 お母さんは女の子に会わせる顔がないってとこみたいですね。」
やれやれと溜息をついたテンちぇるちゃんは、腕を組み、
女の子の頭に手を乗せた彼のもとに戻ってきました。
「あの、なにか刃物は持っておられませんか。」
彼はテンちぇるちゃんの質問の意図を測りかねたようですが、
懐から懐剣を取り出しました。
「私が、かつての森のご神木から頂いたものでございますが、既に実態は
 残しておりませぬがこれでよろしければ・・・。」
確かに彼同様、色の着いた影にしかみえない懐剣を出してきましたが、それで
何かをする事はおろか、手に取ることすらできそうにありません。
試しにテンちぇるちゃんの手に渡してみますと、彼の手は彼女を素通りして
しまいましたが、懐剣は不思議に彼女の手に収まり、みるみる実態を取り戻して
いったのです。
彼が驚きを表したのは当然としましても、彼女自身が驚いていましたのは
ご愛嬌と言ったところでしょうか。
手にした懐剣を袋から出し、鞘から抜いて陽の光にかざしてみると、
それは素人目にも決して簡易な作りではないことが判る物でした。
テンちぇるちゃんは、抜き身の懐剣を手にしたまま、相変わらず遠い空を見つめる
女の子の傍に立つと、その剣を彼女の首筋に当てたではないですか。
「ケヘヘヘ、こいつはもはや救う手立てはないよぉ。
 悪鬼になっちまったらねぇ、輪廻の輪から切り離して、その存在を世界から
 消しちまわないといけないのさぁ。
 そしてお前の子供への妄念を取り除いて、あるべき場所に送ってやんよ、
 ケケケケケッ。」
テンちぇるちゃんの豹変ぶりに慌てたのは彼でした。
「お使い様、どうなされたのです、いったい何をなさいますのですかっ!
 まさか、お使い様までこの者の影響をっ。」
彼は止めようと彼女に飛びつきましたが、当然スルリとすり抜け、頭から地面に
突っ込むことになってしまいました。
そして、彼女の声が届いたのか、それまで虚ろに子供を見つめるだけだった骸骨が
感情を顕にしたのです。
虚ろな穴があいているだけの眼窩に二つの目玉が収まり、その骨からは肉が
湧き出し、皮膚が張り付き、髪が伸び、単なる切れ端だったぼろ布が着物となり、
彼女を包んでいったのです。
どこか女の子と似た風貌の女性は、目を大きく見開き、鬼とも思える表情に
なったかと思うと「ああああああああああああああああああ」と叫び声を上げながら
テンちぇるちゃんへと駆け寄りました。
そして静香に剣を女の子の首から外したテンちぇるちゃんを
力の限りに突き飛ばし、子供を両手で胸に抱え込んだのです。
「お前なんかに、お前なんかに、可愛いこの子を殺させるものかっ!。
 殺したいなら私を殺すがいいさ、なにがあってもこの子を二度と死なせる
 ものかっ!。」
息を荒げ、テンちぇるちゃんを睨み殺すほどににらみつけた彼女は、
もう二度と離すまいと、女の子を力いっぱいに抱きしめたのです。
ポカンと呆気に取られる古木の精の横に、突き飛ばされたテンちぇるちゃんが翼を広げ
ふわりと降りてきました。
そして、母親にひしと抱きしめられた女の子から悲鳴にも似た声が発せられたのです。
「母ちゃ、母ちゃ、母ちゃ、待ってたの、あたいちゃんと待ってたのっ!、
 絶対に帰ってきてくれるって待っていたのっ。」
その声とともに彼女の頭から生えていた角や牙、尖ったつめが次々と引っ込み、
縦長になっていた瞳すらも元通りの丸く黒い瞳へと戻っていったのです。
そして、大粒の涙を流しながら、必死で母親の胸にしがみついたのでした。
数瞬の間、呆然と自分にしがみつく女の子を見つめると、彼女もまた
大粒の涙を流し女の子を強く強く抱きしめたのです。
「ごめんよ、ごめんよ、お前のところに戻れなくてごめんよ。
 怖かっただろ、寂しかっただろ、ひもじかっただろ、つらかっただろ、
 悲しかっただろ。
 全部かあちゃんが悪いんだ、お前を一人にしちまった母ちゃんが
 全部悪いんだ、許しておくれよ、許しておくれよ・・・。」
お互いに抱きしめあう親子を見て頷くと、テンちぇるちゃんが杖を高く高く
振り上げたのです。
「この地に在(おわ)されます神々よ、どうか神の子たるこの二人の
 穢れ無き魂を、御身の御手に賜られますようお願い申し上げます。
 テテンチェルチェルテテンチェル〜。」
彼女が聖唱を唱えると、抱き合う親子に、空から一筋の光が降り注いできたではないですか。
どんどんと輝きを増していく光の中で、二人の姿は色を失い、輝く金色となり
光の筋に吸い上げられるように細かな粒となり、次々と空に上っていったのです。
驚きの中にも安らかな笑顔を浮かべる母親、そして嬉しさに溢れかえる笑顔の
女の子は千切れんばかりに手を振っています。
テンちぇるちゃんも手を振り返しましたが、どうみても女の子の視線は
呆気に取られたまま、地面に尻をつけた古木の精に向けられたものでした。
まぁ、仕方がないですよねぇ・・・、とは思うものの、ちょっとがっかりな彼女でありました。
やがて金色の最後の一粒が光の筋に吸い上げられ、今起こったことが
嘘のように元通りの景色となっても、テンちぇるちゃんと彼はしばらくの間、空を
見上げ続けていました。
そして、借りていた懐剣を返そうと彼のいた場所を見てみると、そこには
既に彼の姿はなく、その場所には、凛とした佇まいの幼木が一本
生えているだけだったのです。
どこからともなくテンちぇるちゃんの耳に、彼の声が届きました。
「お使い様、ありがとうございました。
 これでようやく肩の荷を降ろすことができます。
 お礼と申しますには物足りぬ限りではございますが、どうぞその懐剣を
 お納めください。
 それ以外に、お使い様に頂きましたご恩に報います術がございません。」
手にした懐剣を見やり、彼女は言ったのです。
「これは受け取ることはできません。
 ご神木より頂かれたこの剣、きっと貴方であったからこそお渡しになられたのでしょう。
 ならば、この剣はどのような形になったとしても、貴方以外の手に
 渡すべき物ではないでしょう。」
しばしの間、静寂が訪れました。
「ならば、お使い様に今一つお願いがございます、今私が手にしていたならば、
 私の力が消えるとともに、必ずその懐剣も消え失せてしまいましょう。
 どうか、私が再び大樹となり、それを手にするに値する者となりますまで、
 お預かり願えないものでありましょうか。
 そうなりました折には、お使い様がいずこにおられましても、必ずやお目通り
 させて頂きますこと、お約束いたします。
 どうか、それまでお預かり下さいますよう重ねてお願い申し上げます。」
「ふぅ」と小さい溜息をついたテンちぇるちゃんは
「仕方がありませんね、必ず取りにきてくださいね、それまで大切に
 お預かりさせて頂きます。」
緊張が解け、安堵した空気が広がりました。
「無理をお聞き届け頂き、ありがとうございます。
 必ずや、その懐剣はお使い様のお役に立つ事でございましょう。」
「お預かりするだけなのですけどね。」というテンちぇるちゃんの心の声は
誰にも聞こえることはありませんでした。

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ〜ん」「テンちぇるちゃぁ〜ん」
「ハァ〜イ、テテンチェルチェル、テテンチェル〜♪」

その時、一台の車が空き地の前に停まり、運転席から一人の若い男性が
降りてきました。
彼は助手席に回ると扉を開け、降りようとしている者に、心配気に
声をかけています。
「静(しずか)、ゆっくり降りてこいよ、無理しなくていいんだからな。」
助手席から、はち切れそうな大きなお腹を抱えた女性が顔を出します。
「もう、経義(つねよし)さん、心配しすぎだって、
 産まれるのはまだまだ先だからね。」
ゆっくりと車外に足を下ろし「ふぅ〜」と一息つくと両手で車体を押し、
勢いをつけて立ち上がったのです。
経義と呼ばれた彼は思わず手を出そうとしてしまいましたが、その様子が
可笑しかったのか、静と呼ばれた彼女はクスクスと笑っています。
照れ隠しのつもりなのでしょう、空き地に向き直った彼は、大げさに驚いて
みせました。
「夏草がちゃんと刈り取られると、やっぱり広いよな。
 まさか、あんな値段でこんな土地が買えるなんて、
 やっぱり掘り出し物だったんだ。」
彼ははしゃいでいますが、彼女の表情はあまり優れているとはいえませんでした。
以前ここに来た時には、敷地の中に足を一歩踏み入れただけで、それ以上は
入っていく事ができなかったのです。
彼には悪いとは思うのですが、この土地にあまり長く居ると、悪いことが
起こりそうで怖いのです。
物思いにふけっていますと、敷地の中ほどまで入っていた彼が
「早くおいでよ」と手を振っています。
「きっと私の考えすぎよ、ひょっとしたら初めての妊娠で
 ナーバスになっているのかもしれない。」
と、思い切って敷地の中に一歩踏み出しました。
が、覚悟を決めていた気配はなにも感じなかったようです。
不思議そうな顔で、辺りをキョロキョロと見回しても、以前の気持ち悪さは
どこにも見つけることはできませんでした。
それどころか、まるで爽やかな風が優しく吹いているような、
暖かい陽だまりに立っているような心持ちとなるではないですか。
ふと、誰かに声をかけられたような気がして、彼女は敷地の一角に向けて
歩き始めました。
なにか、大切なものがそこにあるという確信があったのです。
彼女が辿りついた先には、凛としたたたずまいの幼木が一本生えていました。
腰を下ろし、引き付けられるようにその幼木を眺めていると、気がついた彼が
近寄ってきました。
「どうしたの、なにかあった?。」
優しく尋ねながら、彼も彼女の横に座り彼女が見ている幼木を眺めます。
「ねぇ、これ樹だよね、この樹、我が家の記念樹にすればどうかしら。」
「静がしたいのなら構わないけど、他のそれらしい樹木の方がいいんじゃないかな?。」
彼女は首を横に振りました。
「ううん、この樹がいいの、きっと私達を護ってくれると思うの。
 なんだかそんな気がするの。」
「じゃぁ、一度鉢植にして、家が完成したら、改めて植え直さないとね。」
二人が話している中、テンちぇるちゃんはゆっくりと彼らの傍を離れました。
きっと、この二人、いえ三人は、彼を護り彼に護られながら、幸せな家庭を
築いていくことでありましょう。
縁もゆかりも無い子供を、ただ自分の洞に居たというだけで、何百年も
護り続けた彼ならば・・・。
テンちぇるちゃんは、一度「う〜ん」と大きく伸びをして、パンパンと頬を叩くと、
「さあ、元気にいきまっしょい♪」と空に向かってその翼を羽ばたかせたのでした。

◎注釈
注1、魔物化 : 魂が現世に留まり続けると、その空間に漂っている悪意や
邪気を吸収してしまい、魔物(悪鬼)となってしまう現象。
悪霊と間違われやすいのですが、こちらは恨みや呪いといった負の感情を最初から
持っている状態の魂のことです。
注2、衣冠 : 平安時代に宮中の勤務服として束帯がありましたが、
夜間勤務(宿直:とのい)のものとして束帯を動きやすくした衣冠が使われるように
なりました。
さらに平安後期から鎌倉時代には、束帯が儀式用となったのに対して、
衣冠は日中の宮中の勤務服としても使われるようにもなりました。
*衣冠は、冠をかぶり、石帯を略して、袍(ほう)の後腰のはこえを外に出して
つけ、指貫(さしぬき)をつけ、笏(しやく)の代わりに扇を用い、また
下襲(したがさね)を着用しないもの。(*以下は広辞苑より引用)
だそうですが、筆者には姿が想像できませんので、よろしければ教えて
頂けますと喜びます。
注3、スケルトン : 埋葬されず骨となった死体が、魔力を帯びて動けるように
なった魔物。
成った過程が違うので、母親の骸骨はスケルトンとは別物ですが、女の子と
同じように魔物(悪鬼)化しかけている姿です。
ちなみにスケルトンの語源は」肋骨から後ろの景色が透けとるん(すけとるん)?」
で無いことは間違いありません。

第9話、お、し、ま、い♪
(2020.11 by HI)

◆◆◆

世の中、いろんなことが起こります。
正義の味方が悪い人をやっつければそれで済むことも、あるかもしれません。
でも本当は、はじめから悪い人に振り分けられる人なんて誰もいない。
悲しみや、さみしさや、自責の念・・
そんな心の闇は、愛情や優しさのうちにあるもの。
ときには涙を流しながらもやっつけるしかないこともあるかもしれない。
けれども本当は、やっつけるより守ること、理解することで救えたら
その先に金色に耀く深い喜びがあり、わかちあえるしあわせがある。
テンちぇるちゃんのお仕事は、そんな大切なことを
私たちに感じさせてくれる気がします。
頬をパンパンして空に去っていくテンちぇるちゃん、
かっこよかったです。
でも今回いちばんかっこよかったのは、
お人よしで、低姿勢で、弱々しくも必死で女の子を守り続けた
古木の精(こぼくのせい)さんでした。
生まれ変わった彼が、今度は新しい家族とともに楽しい人生ならぬ樹生を
送ってくださることを願っています。
HIちゃん、いつもありがとうございます。



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