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いちばん星だょ テンちぇるちゃん♪


「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」

「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

 あの照り焼きになりそうな夏の暑さもすっかり姿を消し、気持ちのよい
晴れた空をテンちぇるちゃんはふぃよふぃよと飛んでいます。
もちろん、日向ぼっこはしていませんので、今はうつ伏せで飛んでいます。
眼下には木々の緑が大きく葉を広げ、あちらこちらに眩い彩りで輝く果実を
成らせているのが見えます。
木の実を集める小さな動物達が枝から枝を飛びまわり、地面に落ちた果実を
猪や鹿が美味しそうに食べています。
空では南へ飛んでいく鳥が綺麗な編隊飛行を見せ、大きな河ではこれからの冬を
この地で越す鳥達が群れを作りつつあります。
「あぁ~、平和ですねぇ~♪」
テンちぇるちゃんは、身体をぐーと伸ばし、気持ちよさそうに言葉を
漏らしました。
空を飛びながら身体を伸ばすのは危険ですから止めておいたほうがいいですよ、
それにそういうのはフラグ(注1)って言うのを知っていますか。
そんなことを言っているものですから、彼女が飛んでいる空よりさらに上空に
黒い点がひとつ現れました、
それはどんどんと加速を付けてテンちぇるちゃんに近づいていきます。
彼女も何かを感じたのでしょう、身体を捻り進路を横にずらすと、今彼女がいた
場所を何かが高速で通り過ぎていったのです。
はっきりとは見えませんでしたが、チラリと見えたその翼は、彼女の白い翼に対し
真っ黒な色をしていたのです。
黒い翼っ!、彼女自身には馴染みはありませんでしたが、天使ならその意味は
誰もが知っています。
「まさか、悪魔(注2)っ!」
彼女の声は風に流されどこまでも飛んでいきました。
「こんな世界の果てまで悪魔の手が伸びているなんてっ。」
彼女は実際に悪魔と闘ったことなんて一度もないのです。
授業では多少習った事がある程度で、その程度のことが実践で通用するなんて
思えるほど彼女は楽天家ではありません。
ミヤコちゃんなら、普通に捻じ伏せてしまったかも知れませんが、
テンちぇるちゃんはそんな力も技も持ってはいません。
それでも、相手を見据え、杖を構え、いつでも精霊さん達を呼び出せるよう身構えたのです。
悪魔はテンちぇるちゃんの傍らを通り過ぎた後、大きく進路を変え、彼女の周囲を
一回りすると、その前で立ち止まったのでした。
その姿は、天使と同じで、人の姿に背中に2枚の翼をつけ、和尚さんの着ていた
甚平にも似てはいましたが、初めて見るこの国独特の衣装を着、手には
身長以上もある角張った棒を握り、一本歯の下駄、頭には五角形の箱を載せ、
そして、その顔は大きな嘴をつけたカラスのものだったのです。
翼をゆるりとはためかせながら、両足を踏ん張って立つ姿は、これぞまさしく
仁王立ちと言う言葉そのままでした。
眉間にシワを寄せ、眼力鋭く睨みつけ、悪魔は大音量で話し始めたのです。
「おうおうおうおうおうおう、どこの馬の骨だか知らねえが、ここが鞍馬が一党の
収める空だってこと、知らねえとは言わせねえぜっ。
その空を他所の天狗に好きに飛び回られたとあっちゃぁ、鞍馬が御山に
この烏天狗ありと言われた三郎様の名が廃るってもんよ。
例え天照様が許されたとあっても、この三郎の眼の黒いうちは、
てめえらのぉぉぉ、あっ、好きにゃあぁぁ、あっ、さぁっせぇっねぇぇぇっ、
あっ、ずえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!。」
ブンと空気を切る音も高らかに、六尺棒をぐるりと回し、半身になって
見得を切った姿には、拍子木があればタタタタタタンタンタンッタタンタンッ!と
打ち鳴らしていたことでございましょう。
でも、天照の下りはいかがなものかと思いますので、後で天罰でも落として
おきますね。
そんな見得を切った姿で、テンちぇるちゃんを睨み続ける三郎と名乗った
烏天狗を、彼女はポカンと眺めたあと
「Wao!すごいすごいっ、それこの国のカブキ(注3)ですよね!、キョウちゃんが
『ヨーロッパにはない文化だから、絶対に見ておいた方がいいよ』って
言っていたの。
だから観るのを楽しみにしていたのだけど、すごいすごいわ、感動しちゃった♪。」
大きな眼を潤ませ、いつまでも拍手を続ける意外と可愛い女の子に、三郎くんは
戸惑いながらも、嬉しさを隠せなかったようです。
「そっそうか、今日のはあまり出来がよくなかったかなぁとか思っていたんだけど
そんなによかったかな。
皆『止めとけ止めとけっ』て言うもんだから、ちょっと不安だったんだけど、
やっぱり見る奴が見れば判るんだなぁ♪、ヘヘ♪。」
あの鋭かった眼光はどこえやら、目じりの下がった顔で、鼻の下なんかを
擦っていたりします。
そこで、ようやく相手がいつもの天狗ではないことに気がついたようです。
しかも金髪で青い瞳、透き通るような白い肌、見たこともない衣装の
この国の者とは思えない可愛らしい女の子です。
「ん・・・、あれ・・・、ちょっちょっと待て、お前 天狗じゃないのか・・・。」
慌てる三郎くんを前に、彼女はあっけらかんと言いました。
「うん、天使だよ。」

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」
「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

 今二人は一本杉の枝に座っています。
「いや、申し訳ない、あやうく怪我をさせちまうところだった。
なんと謝ればいいか、本当に申し訳ない。」
器用に枝の上で正座し頭を下げる三郎くんに、テンちぇるちゃんは密かに
ライバル心を燃やしていたりします。
「あっ、いいんですよ、私今までもよく天狗さんと言うのに間違われて
いましたから。
でも、三郎さんと私ってあんまり似ていないと思うんですけど、羽の色も
違いますし。」
三郎くんは、頭を上げて、よくぞ聞いてくれたとばかりに、自分の膝をパシンと
叩きました。
「あ~、俺は烏天狗だからな、普通に天狗と言われたら、俺達とは別の妖が
いるんだ。
天狗だと、翼は白で、顔も俺達より人に似ているし、違いと言えば花が
高いぐらいかなぁ。
多分、そっちと間違われたんじゃないかな。」
「よいしょ」と足を崩した彼は、テンちぇるちゃんと同じように枝に座って足を
下ろしました。
「 俺達はどっちかって言うと、天狗の手下みたいなもんだけど、まぁ中には
天狗より力のある烏天狗だっているんだぜ。
でもまぁ、普通は天狗の方が力は強いんだけど、鞍馬の烏天狗って言やぁ、
あの牛若丸(注4)さんを鍛えたっていう、由緒正しい烏天狗なのさ。
まぁ、俺は今 天狗の許で修行の身なんだけどな。
テンちぇるちゃんは途中から可愛らしく小首を傾げて彼の話を聞いていました。
よく判らない固有名詞も出てきましたが、彼はどうやらテンちぇるちゃんと同じ
見習いのようなものらしいと言うことは判りました。
「そうなの、私も天使の見習いで、ヨーロッパからこの国に来たんだよ。」
「へぇ、あんたも俺と一緒で修行中の身ってわけなのか。
ヨーロッパっていやぁ、大陸の西の果てにある所だろ、あんな遠い所から
来たなんて、たいしたもんだな。」
お互いに見習い中の身ということで、なにやら親近感を持ったようです。
赤く色付き始めた空を、二人でなにとはなしに眺めていましたが、三郎くんが
チラチラとテンちぇるちゃんを横目で見始め、夕日に照らされている以上に
頬を赤く染めているではないですか。
まあまあ、これは、伝説の一目惚れと言うやつかしら。
「なぁ、こんな事聞いて悪いんだけど、あんた女の子なんだよな。」
わざと外方(そっぽ)を向いたまま、ぶっきらぼうに三郎くんが聞いてきました。
「もちろんだよ、こ~んなに可愛い男の子がいるわけないでしょ♪。」
ニコッと微笑みながら両手を伸ばした彼女に、彼はまたチラチラと視線を
走らせています。
「いや、わかっちゃいるんだけど、ほら、この町にも外国からいっぱい観光客が
来るんだけどな、ほら、なんだ、外国の奴って皆、こう、ものすごく、こう、
ほら、なんて言うか・・・、ボーンって言うか、バーンって言うか、ほら、
その、ものすごい(注5)じゃないか・・・。」
彼の視線が、チラチラとテンちぇるちゃんの特定の箇所を見ています。
その視線に気づいた彼女が、ササッと両手で胸を隠しました。
そのままスクッと枝の上に立ち上がり、ガブリエルさんもかくやの冷ややかな
視線で彼を見下ろし、満面の笑みを浮かべると、
「三郎の・・・、ヴワァアァカアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!(注7)」
と本気のサッカーキックをお見舞いしたのでした。
この日、町では、普段よりかなり早い、一番星(注6)を見ることができたと言います。
あのね、三郎くん、一度あのお猿さん(注8)に弟子入りして、女心と言うものを
学んできてはいかがかしら。
あっ、天罰はまだ落としていませんから、もうちょっと待っててね。

◎知らなくてもなにも困らない設定
 天狗とは、土着の神に近い存在でしたが、今では妖のひとつとして
数えられています。
天狗も烏天狗も翼で空を自由に飛ぶことができ、天狗の葉団扇と呼ばれる
八手の葉を使い、風を操ることができます。
単体で動くことがほとんどの妖の中で、珍しく集団を作り、社会的構造を
持っているのが最大の特徴で、それぞれの集団が山を拠点にその周辺の空を
治めていますが、それは天狗同士の事に限られ、別種の妖や鳥などが
その空を飛んでいたとしてもなんら問題とはしていません。
三郎くんが属しているのは、鞍馬山を拠点にする天狗一党で、拠点とする
山の名を取って「鞍馬党」を名乗っています。
かつて、牛若丸と呼ばれる若者に稽古をつけたのが、この山の烏天狗であり、
その後の彼の活躍を持って、牛若丸に稽古をつけた鞍馬山の一党と言えば、
この国の天狗達には「ほぉっ」と一目置かれる存在となっています。
 元々、八咫烏に始まる太陽信仰の中から派生した烏天狗が始まりと
されていますが、その後、山伏・修験者と結びつき、人の顔を模した天狗が
現れたと考えられています。
天狗の鼻が長い(高い)のは、烏天狗の嘴の名残りではないかと言われていますが、
現在では天狗を大天狗、烏天狗を小天狗と呼び表すこともあり、
烏天狗は天狗の手下、配下とされているのです。
が、基本的に互いが別種の妖と考えているため、緩やかな共生関係が
築かれています。

◎注釈
注1、フラグ : その言葉を言うと、必ずそれに合わせた特定の結果が
起こるというもの。
例えば、「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ。」と言うと、その戦いで
必ず戦死します。
闘いの相手に必殺技を発動し、煙などが立ち込める中「やったかっ?」と
期待を込めて言うと、不適な笑い声とともに、敵が無傷で現れます。
ですが、昨今の作品では、このフラグを逆手に取り、フラグを回避するという
手段が使われる事もあります(フラグをへし折る)。
注2、悪魔 : 神や天使と対極に位置するものの総称。
古くから地上に存在していた者達ですが「ルシフェルの大逆」でルシフェルに
協力したため、冥界(魔界)に落された天使や精霊の生き残りも含め、悪魔と
呼ばれています。
悪魔王となったサタン(ルシフェル)に忠誠を尽くし、地上、天界への反攻を
企てていると言われていますが、現在地上に出られるのは、悪魔の中でも小物と
される者だけです。
注3、カブキ(歌舞伎) : 歌舞伎は17世紀の初め、出雲大社の巫女であった
「出雲の阿国」という女性が始めた「かぶき踊り」が始まりとされています。
後に「女歌舞伎」「若衆歌舞伎」や「野郎歌舞伎」へと発展し現代の歌舞伎となりました。
近年は、イギリスなどでも上演され海外での人気を高めているそうです。
注4、牛若丸 : 源義経の幼名。
兄の頼朝の下で平家征伐で抜きん出た功績を挙げた人物。
五条大橋での弁慶との闘いでは刀を交えることなく彼を屈服させ、
一谷(いちのたに)の合戦、屋島の合戦、壇ノ浦の合戦ではそれまでの常識を
覆す用兵を行い、平氏滅亡の要因となり、大きな勲功を上げました。
ですが、後に頼朝から疎まれた義経は、静御前とともに奥州平泉で自害。
1183年、31歳の若さでその生涯を閉じたのでした。
が、自害したのは影武者で、本人は大陸に渡りチンギス・ハーンとなったのです。
と言うのは大嘘です。
注5、ものすごい、 : どこかで聞いたお話なのですが、なんでも上半身を
振ると「ブオンブオンッ!」と風切り音がするとか、重すぎて肩コリがひどいので、
イスに座る時には机の上に乗せ、湯船に浸かりますと水面に浮くらしいです。
注6、一番星 : 大概は金星か木星のことを言います。
本作の一番星は、もちろんテンちぇるちゃんのサッカーキックによって空高く
蹴り上げられた三郎くんが星となって見えた一番星と言うことは、言うまでも
ありませんよね。
注7、ヴワァアァカアァァァァァァァァァァァァァァァァッ! : 「馬鹿」ですね。
注8、あのお猿さん : 第6話に出てきた、テンちぇるちゃんに桜の枝を
差し出したお猿さんのことです。

 第8話、お、し、ま、い♪
(2020.10 by HI)
◆◆◆

天使の杖に一番星の物語が届いた10月10日、
奇しくも私は国立国際美術館のついでに隣の科学館に立ち寄り
プラネタリウムで星々を感じていました。
テンちぇるちゃんの一番星は、以前からほのめかされていた三郎さん。
でもまさか、思いっきりテンちぇるちゃんに蹴り上げられて星になるなんて。
コミカルタッチな中にもロマンチックな予感を秘めたファーストコンタクトに、
天使さんと天狗さん(ではなく烏天狗さんですね)の今後が、
そして果てしなくパワーアップしていく脇の設定も、ますます楽しみです。

HIちゃん、ありがとうございます!


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