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呪っちゃうょ いちまさん♪


「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」

「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

「和尚様、どうぞよろしくお願いいたします。」
人が一抱えしないといけないような箱を持った一救和尚の前から、疲れた表情の
男性が、何度も頭を下げ、逃げるように山寺を後にして行きました。
その姿が石段の下に停めてあった車とともに見えなくなるまで見送った和尚は、
胸に抱いた木箱に目を落とすと、小さい溜息を吐いたのです。
「寺で・・・、何事もなければよいのじゃがのう。」
その足で本堂に赴いた和尚は、木箱をあけ、中に入っていた物を取り出しました。
中から出て来たのは、50センチほどの市松人形(注1)と呼ばれる人形でした。
髪は肩辺りで整えられ、多少の色褪せは見えるものの、美しい図柄の描かれた
着物を着ています。
本尊の前に置かれた人形を前にして、木魚のポクポクという音色に合わせて
読経の声が静かに流れていきました。
一時間もその読経が続いたでしょうか、和尚は再び人形を手にすると、いろいろな
道具が飾られた部屋の棚の上に、丁寧な手つきで並べたのでした。
照明が消され、和尚が部屋を出て行き、どの位の時間が経ったでしょう。
誰もいないはずの部屋の中から、ゴソゴソとなにかが動く音がし始めたのです。
暗闇の中でも見える者が見たならば、和尚が持ってきた市松人形が小さく左右に
揺れている様が見えた事でしょう。
その揺れ幅が大きくなり、これ以上揺れれば倒れてしまうまでになった時、
唐突にその動きが止まったのです。
そして、人形からかすかに笑い声が漏れてきたではないですか。
その笑いは、楽しい嬉しいと言ったものではなく、暗い気持ちに満ちた、
全てのものを恨む笑い声に他ならなかったのです。
「うふふふふふ、あんな読経で私が鎮まるとでも思っているのかしら。
私が忘れ去られた絶望、味わった孤独、悲しみを全ての者に与えてあげるわ。」
そんな声とともに、閉じていた人形の瞼がゆっくりと開き始めたのです。
薄暗い闇の中の部屋の様子は、ぼんやりとしたものにしか見えませんでした。
徐々に目が慣れていくと、明瞭とはいきませんが、それなりに
わかるようになってきたものの、なにかおかしいのです。
先程、経を読んでいた和尚が部屋を出て行った後、この部屋は無人のはずですが、
なにかの気配を感じるのです。
それに、いくら薄暗いとはいえ、どうも物がよく見えません。
なにか壁らしき物が目の前にあるような気がするのですが、壁は自分の
背にあります。
じいっと目を凝らしてみますと、なんでしょう、白と黒のツートンカラーが
見えました。
「何かしら」
とさらに目を凝らすと、動きましたっ。
と言いますより、どうも一定の間隔でその白と黒の物が消えては現れを
繰り返しているのです。
暫くもそれを眺めていると、どこからかと言いますより、目の前から声が
聞こえてきたではないですかっ。
「やっぱり暗い方が動きやすいのかしら?。」
突然の声にぎょっとして辺りを見回しましたが、それらしき影はありません。
ですがその、周囲を見回した事が良かったのでしょう、目の前にあるのはなにやら
卵型の物だという事に気が付きました。
そしてそれに気が付いた瞬間、彼女は後ろに飛び退り、壁にめり込むのでは
ないかという程にへばり付いたのです。
目の前にあった白黒の物とは、巨大な目玉。
彼女の顔ほどもある黒目、それが消えたり現れたりしていたのは瞬き
だったのです。
「なっなっなっなっなっなっなっっ。」
どうやら「なにっ!」と言いたかったようですが、驚きのあまり声になっていません。
そんな彼女の様子に構う事もなく、立ちあがったそれは、部屋の中央に
垂れさがっていた紐を引きました。
数度瞬いてから点いた光が部屋を隅々まで照らし出します。
その中に、それが立っていたのです。
黒色の短い袴からスラッと伸びた二本の脚、白の胴衣、そして形の良い小顔に髪はなく、
なによりその顔には黒い瞳の大きな目が一つ。
顔の中央に、一つしか無かったのです。
「ヒィーーーーーーーッ!」
人形の口から細い悲鳴が流れ出ました。
「あっ、驚かせちゃった?。
暗くしておけば動きやすいのかなぁって思って暗くして見ていたんだけど、
明るいのは苦手だった?。
あっ、私は一つ目小僧の梢(こずえ)っていうの、よろしくね。
女の子なのになんで小僧とかって質問はなしね。」
悪戯っぽくポーズをつけて言った彼女の足元を、その市松人形が脱兎の勢いで
駆け抜けて行ったのです。
そのまま襖に衝突すると、それを押し倒して廊下に倒れ込み、ムクリと
起き上がったものの、いきなりな展開に大きな目をさらに見開いて立ちすくんでしまった
梢に顔を向けた途端、再び鋭い悲鳴とともに
「おっ、お化け~~~っ!」
と叫び声を残して逃げて行ったのでした。

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」
「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

 彼女はもう自分がどこにいるのかも判りませんでした。
思っていたより広いお寺なようで、あちらの角、こちらの角、幾本の廊下を
駆け抜けた事か。
逃げ込んだ部屋には、蛙なのか亀なのかよく判らない生き物がなにか短い棒を
持って近づいて来ようとし、廊下に飾ってある提灯に顔が浮かび上がり、
話しかけてきたりと、彼女にとっては恐怖でしかないものたちが
数限りなく襲いかかってきていたのです。
今も、手足の付いた唐傘にぶつかり、凄まれてしまった所から逃げてきたばかり
なのです。
廊下の角を曲がった所で顔を出し、誰も追いかけて来ていない事を確認すると、
緊張を解き、壁にもたれたままずるずるとその場に座り込んでしまいました。
「何よなによ、あれはなんなの。
ここはお化け屋敷だとでもいうの・・・。
あ~、もう走れないわ、もっと身体を鍛えておけばよかった・・・。」
毎日トレーニングをする人形と言うのも面白いかも知れませんね。
辺りを気にしながら、その場に座り込んで休んでいると、微かに廊下を歩いてくる
足音が聞こえてきたのです。
「まさか、追いかけて来たのかしら・・・。」
恐る恐る角から覗いてみますと、それはお盆を持った女性が歩いて来る
足音でした。
「あれもお化けかしら・・・。」
とよくよく見てみましたが、どこにも変わったところも無く、どう見ても
普通に人なようです。
あの最初に居た和尚以外の、初めての人です。
「うふふふふふ♪、化け物ばかりかと思ったら、ちゃんと普通に人も居るんじゃ
ないの。
全く、さっさと姿を出しなさいっての!。」
彼女は、そのお盆を持った女性が通り過ぎるまで、近くにあった花台の陰に
身を隠し、女性が通り過ぎるのを今か今かと待っていました。
廊下の角からその女性が出てきたところで
「うふふふふふっ、私の呪いで不幸のどん底に落ちてしまえっ!」
と彼女に向かってその力を揮ったのです。
と同時に、その女性が疾風の勢いで市松人形へと首を回し、鋭い視線を
放ったではないですか。
瞬間、彼女の背筋に物理的にも近い怖気(おぞけ)が走ったのです。
それは本能が「あかん、これは怒らせたらあかん人やっ!」とありとあらゆる
警鐘を打ち鳴らすもの以外のなにものでもありません。
女性は、市松人形を目に止めると、
「おいたは、あきまへんへ。」
と軽く頬笑みを浮かべたのでした。
女性から目を離す事ができず、そのまま愛想笑いを浮かべつつ、花台の影から
姿を出し、じりじりと後ずさりした市松人形は、次の廊下の角まで行くと、
そのまま角に飛び込んだのでありました。
「なによアレはっ。
なんで呪いに気が付くわけ、それも力ずくで霧散させるなんて、なんなのよ、
なんなのよっ。」
そんな事を考えていたためか、気が動転していたためなのか、飛び込んだ廊下の
すぐ先に居た者に気が付かなかったのです。
そして向きを変え走り出した瞬間、それに頭からぶつかってしまったのです。
「むぎゅっ!」
鼻の頭を強打して、おかしな声を出しながら、後ろに撥ね飛ばされた彼女は、
相手に呪詛の言葉を吐きかけようとして、その言葉を飲み込まざるを
得ませんでした。
彼女の目の前には、二本の太い丸太と見紛うような赤い脚があったのです。
そして、その遥か上から二本の角が生えた顔が圧力を持った視線で見降ろして
いたのですから。
鬼。
まさに呪、怨念、怒り、悲しみ、妬み、全ての負の感情の塊である鬼に、
彼女程度の呪いなど何ほどのものでありましょう。
それこそ、鬼の機嫌を損ねた瞬間に呑みこまれて終わりです。
「あわわわわわわ・・・。」
もう言葉すら出てはきませんでした。
手足は早くこの場から立ち去ろうと、バタバタと動かしてはいますが、
尻餅を搗いたまま、まるでピンで挿し止められたように、その場から動いては
いないのです。
そんな様子を不審に思ったのか、小首を傾げた赤鬼が、爪の先で彼女の襟首を掴み
子猫でも摘まみ上げるように持ち上げたのです。
胡散臭いとでも思ったのでしょうか、顔の角度を変えては
彼女を眺めてきましたが、気が済んだのかひょいと、後ろにいた青鬼に
渡したのです。
青鬼は青鬼で、同じように爪先で彼女を摘まんでこれまた胡散臭そうに
見やっていましたが、一つ頷いて、さらに後ろにいた黒鬼に回したのです。
黒鬼もまた、怪訝そうな表情でそれを受け取ると、同じように見てはいましたが、
今度は彼女を廊下に降ろすと、その前に座ったのです。
そして、どこから出したのか、小さなノートを開いて、そこに書かれているので
あろうものを朗読し始めたのでありました。
以下は翻訳文のみ掲載いたします。
「雪の舞う中で、凛と立つ君は、いったい何を見ているのだろう。
その瞳に映るものが、どうして僕ではないのだろうか。
いつか君の瞳の中に僕が見えた時、僕の瞳の中に居る君は笑ってくれているのかな。
それとも恥じらってくれているのかな。
いつか僕が居る事に気づいてくれるまで、ずっと君を見続けていよう。」
思いを込めた語りで読み上げた黒鬼は、数瞬の余韻を残し、座っていてもさらに
低い位置にいる彼女に目を向けたのです。
二体の間に静寂(しじま)が流れていきました。
彼女は必死で考えています。
「どうすればいいのかしら、笑えばいいのかしら・・・。
まさか笑いを取るためにって事はないわよね、目が真剣だもの、きっと笑うと
終わるのよね。
えっと、確かこれって、詩だっけ、そうそうポエムって言うのじゃなかったっけ。
自分の心の内を可愛らしく装飾して表現したものじゃなかったかしら。
ええっと、だったら褒めればいいのかしら。
笑うより褒める方がいいに決まっているわよね。」
彼女の心は決まったようです。
かなりぎこちなくなってはいますが、笑顔を浮かべたのです。
「あの、とってもよいポエムだと思います。
その僕さんの彼女に対する思いの深さと言いますか、直接伝える事はできない
思いが、僅かの文章の中に表現されていて、聞く者の心に沁み入ると言いますか、
その彼女さんが笑って僕さんに振り向いてくれる時がくればいいなと
思えると言いますか、女の子なら胸キュンな作品だと思います。」
一気に言い放った彼女の言葉に、黒鬼は大きく目を見開くと、一転強く瞼を閉じ
口を真一文字に結び全身をわなわなと震わせ、暫くもそんな状態を続けた後に
再び目を開いた時には、一点の曇りもない瞳の鬼が彼女を慈しむように
見ていたのです。
黒鬼は、先程まで読んでいたノートのページを切り離すと、それを丁寧に
折りたたみ、黒鬼の急な変化に戸惑っている彼女に手渡しました。
そして、彼女にとっては折りたたまれてもまだまだ大きな紙を胸に抱えたのを見て
うんうんと頷き、彼女の二の腕をポンポンと優しく叩くとそのまま何も言わず
立ちあがり、後ろで待っていた赤と青の所に行くのでした。
「黒よ、あまり言いたくはないのだが、初めて会った者に、誰彼無しにポエムを
聞かせるのは如何なものかと思うのだがな。」
青鬼もそれに同意しました。
「まぁ、気持ちは解らんでもないが、自重はした方がよいぞ。」
いつもなら、ここで黒鬼がポエムの素晴らしさに熱弁を揮うところなのですが、
今日の彼は穏やかな瞳のまま言ったのです。
「いつもすまない。
だが、もう心配をかける事も無くなるだろう。
俺は今日、真の心の友と出会ったのだ。
俺は、今日という日を『黒のポエム記念日』としたい。」
彼の言葉に、赤と青の鬼は、軽く肩を眇めると、黒の肩や二の腕をポンポンと叩き、
揃って廊下を先に進んで行くのでありました。

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」
「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

 三体の鬼が去った後も、市松人形は相変わらず廊下に座ったまま緊張を
続けていましたが、彼等が戻って来ないと確信すると、へなへなとその場に
崩れ落ちてしまいました。
「なによアレは、なによアレは・・・。
だけど、上手く切り抜けられたみたいで、良かったわ。」
大きく安堵の溜息を吐いて、「よいしょ」と立ちあがったのです。
あまりの緊張に身体が強張ってしまったようで、立った瞬間ふらついて
しまいましたが、手を上げて背筋を伸ばしたり、首を左右に曲げてコキコキと
鳴らしたりすると、その強張っていた身体もほぐれていきました。
もう一度大きく息を吐いた時、彼女の足に何かが触ったのです。
唐突なその感触に驚き「ひぃぃぃぃぃぃぃ」っ!」と悲鳴とともにピョーンッと
高く飛び上がってしまいましたが、それは美しい糸を使って、色とりどりの模様が
描かれた手鞠でした。
「なによ、驚いたじゃないっ!」
と怒りも顕わに、それが転がってきた先を見ると、そこには一目で高価な物と
わかる着物を着た、祭りでお稚児さんと呼ばれるような子供が立っていたのです。
その子供は不思議そうに彼女を見やると、ニパッと満面の笑みとなり、トタトタと
走り寄ると、転がっている手鞠を抱え、元居た場所まで戻り、手にした手鞠を
市松人形に向かって転がしたのでした。
再び足元まで転がってきたそれを憎々しげに見やった彼女は、
「なにっ、これで遊べってっ!。
なんであんたと遊ばないといけないのよっ!。」
と思いっきりその手鞠を蹴飛ばしたのです。
男の子は、自分を飛び越えて廊下の先まで飛んで行ってしまった手鞠を
追いかけてトタトタと走っていきましたが、しばらくもすると、ハァハァと
息を弾ませて戻ってきたのです。
そして手にしていた手鞠を、再び満面の笑顔で彼女に向けて転がしてきました。
コロコロと転がって足に当たって止まった手鞠を、またも睨みつけた彼女は
「こんなものっ」
と、今度は廊下に面していた庭に向かって蹴り飛ばしたのです。
大きく弧を描いて飛んだ手鞠は、庭と山の境となる藪の中に消えてしまいました。
ニヤリと歪んだ笑いを浮かべた彼女は、
「どうしたの、取りに行かないの。
あんな所に入ったら、もう見つからないわよ、ケケケッ。」
ところが、きっと泣き顔になっているはずのこいつの顔を見てやろうと目を向けた時、
そいつは庭に降り立ち、テテテと走って藪の中に入って行ったのです。
「なに、馬鹿じゃないの。」
と唖然としてガサガサと揺れている藪を見ていると、暫くもして、
葉っぱまみれになった子供が、相変わらずの満面の笑みのまま、手鞠を抱えて
出て来たのです。
そしてまた廊下によじ登ると、手にしていた手鞠を彼女に向けて転がして
きたのでした。
コロコロと転がって、足に当たって止まった手鞠には、それまでになかった
解れ(ほつれ)や傷が幾つもついています。
彼女はじっと手鞠を見つめ、そしてニコニコと笑い顔で見つめてくる子供に
目をやりました。
昔、彼女に同じように笑顔を向けてくれる女の子がいたのです。
その子とは、いつも一緒に居て、いろんなことをして遊びました。
二人でオママゴトをし、お雛様の横に飾られて、お母さんに呆れ顔をされた事、
他の沢山の人形と並べられてパーティーごっこをしたこと、男の子に
取り上げられた私を必死で取り返してくれた事、毎日一緒に遊んだ記憶が
蘇ってきたのです。
でも、いつからだったでしょうか、一緒にいる時間が短くなり、遊んでくれる事も
無くなり、いつしか暗い箱の中で女の子が来てくれるのを待って、待って、
ずっと待っていたのに、それすら忘れてしまった事を。
足元の手鞠にポツリと何かが落ちました。
それは次から次へと止めどなく落ち続け、そして彼女は手で顔を覆い
座り込んでしまったのでした。
楽しく遊んでいたのに、急に顔を隠して泣きだしてしまった女の子に、戸惑って
しまったのは座敷童の方でした。
あたふたと迂往左右して、女の子の傍に行き、同じようにしゃがんでその顔を
覗き込もうとしましたが、女の子はイヤイヤと頭を振るばかりなのです。
それこそどうすればいいのかと、途方にくれた座敷童は、廊下の端に向けて
走り出し、行ってしまったのでした。
そのままの姿勢で動けずにいる市松人形の所に、再びトテトテと足音が
近づき、彼女の前にお菓子が握られた手が差し出されました。
目の前に満面の笑顔の座敷童が経っていたのです。
一度は顔を上げた市松人形でしたが、再び顔を伏せ、ヒックヒックと嗚咽を漏らし
始めてしまいました。
眉を八の字にしてもうどうしてよいのか判らなくなった座敷童は、小さな女の子と
もう一方の手のお菓子を見比べ、なにやら迷っていたようですが、両手のお菓子を
女の子に差し出したのです。
それでも女の子は頭を振るだけで、泣き止もうとはしません。
座敷童は、幼い子にするように頭を撫でていましたが、そこに鋭い声が飛んできたのです。
「座敷童ちゃん、離れてっ!」
驚いてその声の方に振り向くと、廊下の端からいつも空の散歩に連れて行ってくれる
お姉ちゃんが慌てた様子で走ってくるところでした。
「テンチェル・フラッシュッ!」
勇ましい掛け声とともに、頭の上の輪っかが光を放ったのです。
と同時に、それまで泣いていた女の子も立ちあがり、涙の残る顔を歪めて、
黒い霧を放ちました。
しかし、その霧は光にかき消されて霧散してしまい、座敷童と女の子はまとめて
光の中に捉えられ、女の子から吸い出されるように沸き出した黒い霧が、光に溶け
消えていったのでした。
最後の霧の一粒が消え、女の子の身体は一揺れして、そのまま廊下に倒れ
伏したのです。
さらに光を放とうとしたテンちぇるちゃんに向かって、座敷童が駆け寄り
「う~っ、う~っ!」と唸りながらポカポカと彼女の脚を叩き始めたのです。
痛くもなんともないですが、「なんで?」とその行動がよく解りません。
お寺に遊びに来ると、廊下の角を曲がった所で、座敷童が呪具(じゅぐ)に
触っているのが見えたのです。
「このままでは座敷童に呪いがかかってしまうわっ」
と慌てて呪具を浄化しようと聖なる光を放ったのですが、技名が変わって
いませんか?。
呪具も、呪いを放ったようでしたが、聖なる光に飲みこまれ呪いごと浄化されて
しまったのです。
そんな状況でしたから、座敷童の行動がよく解りませんでしたが、
テンちぇるちゃんが光を放つのを止めると、座敷童はまた女の子の所に戻り、
倒れたままの彼女の肩を揺すったり、ポンポンと叩いたりしました。
しかし彼女が起きる事はありませんでした。
諦めたのか、テテテテと廊下を走り去って行く座敷童と入れ替わりに、
聖なる光に気が付いた妖達が集まってきました。
「よぉ、姐さん、えらく物騒なもん光らせていたけど、なにかあったのかい?。」
声をかけてきたのは、唐傘小僧でしたが、基本的に妖は陰の存在ですので、
聖なる光は苦手としているのです。
赫々云々(かくかくしかじか)と状況を説明しますと、
「あ~、確かに、なんか市松人形が走り回っていたなぁ。」
「あれ、呪具ですよね。
なんでそんなのがお寺に居るんですか?」
「多分、誰かが持て余して持ち込んできたか、和尚が見つけてきたんだろな。
なんか、ああいうのを鎮めてやるのも和尚の仕事らしいからさ。」
「じゃぁ、私が浄化しちゃいけなかったのかしら。」
「別にいいんじゃねえか。
姐さんに呪いを放ってきたのなら、自業自得だろ。」
実はテンちぇるちゃんの聖なる光の方が先だったんですけどね。
そんな事を話していますと、座敷童がなにかを抱えて戻ってきました。
それは両手いっぱいに抱えられた玩具の数々でした。
それを一つ一つ市松人形の前に並べ、またその肩を揺すり始めたのです。
木彫りの馬を彼女に近づけて肩を揺すり、猫のヌイグルミを近づけては肩を
揺すりと、次々と玩具を彼女の前に置いては肩を揺らすを繰り返していますが、
彼女が起き上がる事はおろか、それを見る事すらありませんでした。
そんな様子に、皆いたたまれなくなって目を反らし始めていましたが、そこに
ドタドタと足を踏み鳴らして鬼のトリオが走ってきたのです。

(CMキャッチ)
「赤鬼さ~ん、青鬼さ~~ん、黒鬼さ~~~ん」
「ガガオ、ガオガオ、ガガオガオ~~~♪」

 先頭は必死の形相の黒鬼でした。
座敷童が三体を見上げてくる中で、黒鬼も二体を見降ろし、これ以上は
無いほどに目を見開いていました。
黒鬼はゆっくりと片膝を着きました。
座敷童が心配そうに、それでもなにかを期待しているのか彼を見上げます。
彼はその視線に構うことなく、大きな手に人形を乗せたのです。
「ガウ・・・。(友よ・・・。)」(カッコ内は翻訳です、以降は翻訳文だけといたします。)
見る見ると彼の目に涙が溜まっていきました。
そして、目を強く閉じ何かを決意したのか、再び人形を見た彼にはもはや躊躇いは
ありませんでした。
口の中で何かを呟いて、自身に気合を入れると、身体中の筋肉という筋肉が
これ以上はないほどに膨らみ、身体中から黒い霧にも似た何かが湧きだして
きたのです。
それはそれぞれが意思を持っているかのように、手の上の人形に降り注ぎ
始めましたが、そのほとんどは人形の身体を素通りして床に消えていくだけ
だったのです。
どれだけそれを続けていた事でしょう、黒鬼の身体からは滝に打たれているのではと
見間違う程に汗が滴り落ち、無限の体力を誇る鬼が荒い息を吐いているのです。
見かねた赤鬼が黒鬼の肩に手をかけました。
「黒よ、もう無理だ。
それ以上やると、お前が消えてしまうぞ。」
ですが、それに答える代わりに頭を振り、彼は止めようとはしなかったのです。
そしてついに黒鬼の身体が大きく揺れ、赤鬼と青鬼が慌てて支えた時、
手の上の人形の指が、ピクリと動いたではないですか。
そして手首が肘が膝が、ゆっくりとですが少しずつ動き始め、その目が開き
始めたのです。
周囲に集っていた皆から小さく歓声が上がりました。
そして、最初はぼんやりとしていた人形の目の焦点が合うと、涙目で満面の
笑みを浮かべる座敷童に手を伸ばしたのでした。
座敷童は小さな手で、さらに小さなその手お握ると、人形の顔にも笑みが
浮かんだのです。
今度はゆっくりと反対側に顔を向けると、そこにはもう今にも溢れだしそうな
涙を湛えた目で笑みを浮かべる黒鬼の顔があったのです。
その黒鬼を見た市松人形の悲鳴が、寺中に響き渡ったのでありました。

テンちぇるちゃんと和尚さん、小雪さんが部屋でお茶をしながらお喋りを
しています。
その部屋の前の廊下をトタトタと軽い足音を立てて、手を繋いだ座敷童と
市松人形が走ってきました。
部屋の中の者に気が付くと、皆に向けて座敷童がニパッと笑い顔を見せ、
一緒に市松人形もニヤリと不気味な笑い顔を見せてくれました。
まぁ、本質が呪いの人形なのですから仕方がありませんよね。
そして何が楽しいのか、キャッキャッと笑い声を立てて廊下をあちらに
走って行ったのでした。
「寺の皆と仲良くできるかと心配しておったのじゃが、どうやらいらぬ
お世話じゃったようじゃな。」
和尚さんが目を細めてお茶を啜ります。
「あっ、黒鬼さんは、どうですか、随分と力を使われたようですが、あの後
会っていないもので。」
和尚さんの湯飲みにお茶を注ぎながら小雪さんが教えてくれました。
「あの後、暫くは動けなかったようおすけど、2日も寝てはったら、
回復しはりおした。
まぁ、消えてしまわらへん限り、いざという時には地獄に戻らはったら
閻魔はんがなんとかしてくれやはりおす。
それより、心の友ができたって張りきったはりおすし、ええお方でもできたんと
ちゃいおす。」
「あ、いいなぁ。
私も彼氏が欲しいなぁ。」
あのぉ、三郎君はNo眼中ですか。
 こうして山寺に新たな居候が増えたのですが、彼女には毎日のように誰からとは
言いませんが、ポエムが届けられるため、その返信と感想を書くのに心の
休まる時がありませんでしたとさ。

「注釈」
○注1、市松人形 : 
 昔から着せ替え人形として庶民の間で遊ばれていた人形の一つです。
大きさは手のひらサイズから80センチの大型の物まで各種ありますが、
50センチ前後の物が主流で、女の子と男の子の人形があります。
人形本体は裸で売られ、購入後に着物を縫って着せるもので、その着物を作る事で
裁縫の練習となった一面も併せ持っていました。
江戸中期に歌舞伎役者の佐野川市松に似せて作られた人形が大流行したため
市松人形と呼ばれるようになった説、当時の子供の名前に市松が多かったため、
子供の人形の代名詞として市松人形と呼ばれるようになった説、着物の柄に
市松模様の着物を着せて売られていたためとの説があります。
江戸では人形と言えば、この市松人形を指すほどで、東人形、京人形とも呼ばれ、
京阪地方では「いちまさん」とも呼ばれ親しまれています。
近年となって、着せ替え人形としては壊れやすいため、セルロイドや
ソフトビニール製の玩具に取って変わられました。
現在では雛人形と一緒に飾るものが一般的となっており、その場合着せ替えは
できない立像固定タイプがほとんどとなり、関節が稼動でき、着せ替えが
可能な物としては、専門の人形作家によって伝統工芸品として作られた物が
販売されています。
ちなみに、関節が稼動でき、座らせられる物を「三段折れ」と呼ぶそうで、
肩、肘、手首の関節と股、膝、足首の三つの関節が動かせる事が呼び名の
由来だそうです。
(参考文献「市松人形 - Wikipedia」)

番外編第10話 お・し・ま・い・♪
(2022.5 by HT)

◆ ◆ ◆

怖いお話が苦手なわたし。
ひたひたと恐怖が迫り来る出だしの描写に「どうしよう」と、
いつでも音声読み上げをストップできる状態に手をスタンバイして読み進めました。
が、あれ?
怖いと思っていたお人形が逆に怖がって逃げ惑う展開に
気がつけばすっかり惹き込まれ、彼女の心が呪縛から放たれ再生するシーンでは
皆の歓声とともに心に光が差す思いがしました。
意外と友達思いな一面は、お人形として慈しまれた歳月が彼女にもたらしたものなのか、
そんな彼女と黒鬼さんの今後の関係はどうなるのかなとか、
心の友はよかったけど、想い人には勘違いされ切なさが積もっていくのかなとか
そうして黒鬼さんのポエマーとしての才能が花開き、鬼さんトリオの音楽活動も
本格化するのではとか、いつしか身近な友人を思うような自分の心境に、
最初は怖くて読むのを躊躇ってたのにとおかしくなります。
そういえばテンちぇるちゃんも、連載が始まった頃は和尚さんの怪談を
怖がってた、そんなときもあったっけ。
そう思えば、今抱えている困難も、これから出会う苦労も
いつか笑える時がきそうな気がして、いつもながら
テンちぇるちゃんの物語に流れる見えないあたたかな力を感じました。
HIちゃん、いつもありがとうございます!

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