天使の杖でおいでやす トップページへ戻る

七福神だょ テンちぇるちゃん♪


「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」

「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

 新年も明けた空をふぃよふぃよと飛んでいますのは、毎度お馴染みの
テンちぇるちゃんでした。
新年の夜明けを示す、その白み始めた空はいつもと違って神々しく、
どこか身の引き締まる心地となります。
にしては、彼女がアクビを噛み殺しているのはなぜでございましょう。
大晦日から新年にかけましては、初詣の人の波が続いていましたが、
さすがにこんな時間になりますと、随分と人通りも少なくなっています。
その街の大きな通りを、一隻の帆船が帆一杯に風を受け、軽快な速度で
進んでいます。
もう一度言います、街の中の大きな通りを、一隻の帆船が進んでいるのです。
タンカーや豪華客船ほどのものではありませんが、長さで30m、横幅で10mは
あるでしょうか。
木造の一本帆柱の古い型の船です。
タイヤでも付いていて、道路を走っているのかとも思いましたが、船体は途中から
地面に埋り、というどころか、地面を波立たせ進んでいるではないですか。
船上には、樽形のような黄色っぽい物が山積みされ、他にも大きな箱が
幾つも並んでいます。
そして、船首に近いところでは、何人かが音楽に合わせ、楽しそうに
騒いでいたのです。
「これは一体なんなのでしょう?」
最初は、思わず二度見をしてしまったテンちぇるちゃんでしたが、もちろん彼女が
こんな面白そうなものに興味を持たない訳がありません。
スィーと空から降り、船の周りを一巡りしてみますと、船の上ではそれぞれに
個性的な格好をした、7人の男女が歌い踊っていました。
さすがに船の上に乗る訳にもいきませんでしたので、ほど近い所をフィヨフィヨと
飛んでいましたら、頭の長いおじいさんが彼女に気が付いたようです。
「おぉ、そこなお嬢ちゃん、そんなところにおらずに、こちらに来なされ、
 新しい年を一緒に祝おうではないか。」
その声に、他の者も彼女に気が付いたようで、一瞬場が静まったと思えば、
それまで以上に大きな笑い声が巻き起こったのでした。
「わっはっはっはっ、そうじゃそうじゃ、ほれほれ美味しい酒もたんとあるぞい、
 飲み放題じゃ、遠慮はなしじゃ。」
「そうじゃ、待っておれ、今、旨い鯛を釣ってしんぜよう。」
「ほれほれ、早うまいられい、餅はどうじゃな、好きな料理を食べていきなされ。」
「ほんにほんに、じつにめんこい女子じゃこと、女は私一人で寂しかったのじゃ、
ほれほれ、早う来なされ。」
「ならばワシの剣舞を見せてしんぜよう、末代までの語り草となろうぞ。」
「わっはっはっはっ、ならばワシの腹太鼓を聞かせてやろう。」
ワイワイ♪と誰もが大笑いをして、踊り、歌う様は、テンちぇるちゃんの目にも
とても楽しそうに映りました。
「じゃぁ、お言葉に甘えさせて頂きますね。」
彼女が船上に降り立つと、全員が彼女に注目し、一瞬の静けさの後、
さらに大きな笑い声が湧き上がりました。
「なんと、なんと、外国の女神様でございましたか、これは春から縁起がいい♪。」
「ほんにほんに、初めてお会いいたしましたが、なんともめんこい女神様じゃ。」
女神様と言われたテンちぇるちゃんでしたが、さすがにそう言われると恐れ多いものです。
「あの、私、そんな大層な者ではないですよ~、天使、見習い天使なんです~。」
思わずぶんぶんと顔の前で手を振ってしまいました。
「わっはっはっはっ、外国の女神様はご謙遜でいらっしゃるようじゃ。
 ほれほれ、そんな事より、ご一献、ご一献♪。
 いける口でございましょう、外国の方は酒はお強いと聞いておりますぞ。」
盃を渡され、トクトクと透明なお酒を注がれ、グイと一息にそれを空けると、
一瞬静寂が訪れ、また大きな笑い声が響いたのでありました。
そして、お互いに返杯を繰り返しているうちに、すっかり意気投合した8人は、
一発芸などを披露し始めたのでした。
「なんと、今釣れた鯛の目玉が飛び出しておるではないか、これは真に
 目出鯛な、めでたいな。」
「おお、恵比寿のオヤジギャグの炸裂じゃぁ♪。」
こんなギャグにも大笑いの絶えない一団でしたが、中でも受けたのが
テンちぇるちゃんが呼び出した、サラマンダーの火炎放射と、ウインディーネの水芸でした。
気が付くと、布袋が隅っこで宴会興業のギャラ交渉をしていたりしていましたので、
とりあえず彼の禿頭を思いっきり叩いておきました。
風の精霊さんは、弁財天に気に入られた様子で、膝の上に座ってお料理を
貰ったりしています。
「わっはっはっはっ」「あ~こりゃこりゃ♪」と笑いと宴会芸の耐えない船上で
なんとはなしに前方を見てみますと、なんと道路を横切る陸橋が迫ってくるでは
ありませんか。
「わ~~~っ、舵、舵、舵っ!」
テンちぇるちゃんがあたふたとしておりますうちに、陸橋は船に激突・・・、
せずに、船の中を擦り抜けていったのです。
これにも、大笑いで応えられ、いちおう全員神であるし、この船も宝船という
神の船であるので、あの程度の事、わけもないということだったのでした。
よくよく見てみますと、たまに船の横腹が家にめり込んでいたり、走っている車が
すり抜けていったりしています。
歩いている人も、なんら気にする事無く船の中に入り、後ろから出てきています。
「はぁ~、すごいものですねぇ」
と感心しつつ、気になった事を尋ねてみました。
「ところで、皆様はどちらへ行かれる途中なのですか。」
辺りは一瞬静寂にくるまれ、大きな笑いは起こりませんでした。
誰もが項垂れ、眉間を押さえている者もいます。
「あの、私なにかお気に障るような事言いましたでしょうか。」
これまでと違う反応に、ちょっときょどってしまいましたが、
「実はな、正直なところ、道に迷ってしまっておるんじゃ・・・。」
重い空気に包まれてしまいましたが、
「まぁ、迷ってしまったもの、しょうがないわいなぁ♪、わっはっはっはっはっ」
と大笑いが続き、再び「ワイワイ」「あ~こりゃこりゃ♪」と宴会騒ぎに
突入してしまいました。
「あの、あの、行かなくていいんですか、地図かなにかないのですか。」
「地図か」
と大黒天が胸元を探り、一枚の紙を出してきました。
それは地上の風景を緻密に再現した地図で、目的地に丸印が付けてあります。
その図の緻密さに
「わぁ、すごい精密な地図ですね。」
と感嘆しますと、
「うむ、グーグルマップじゃ。」
と褒めていいのか、がっかりしていいのかな返事が返ってきました。
「う~ん、多分この辺りだと思うのですけど、そうだ、私が空から見て
案内しますね。」
と早々に空に飛んで行く、テンちぇるちゃんなのでした。
飛び上がったところで、寿老人が
「パンティーが見えておるぞい」
と茶化してきましたので、サンダルをぶつけておきました。
空から地図と街の様子を見比べながら
「もっと左へ、そのまま真っ直ぐ、ちょい右へ」
と方向を示すと、道路から外れた宝船が、堂々と住宅の中を横切って行きますのは
なかなかにシュールな光景でした。
大きめのビルの中に入り、全く船が見えなくなり心配しましたり、帆柱の
先端だけが屋根から突き出し、それがフラフラと屋根から屋根に移動
いたしましたのも、なにやら不思議な光景でしたのです。
やがて、船は地図の丸印が付けられた場所に出る事ができましたのでした。
そこは、今にも崩れてしまいそうな古いアパートの前で、敷地の入り口の所に、
不機嫌な顔の三人の男女が立っていました。
「七福神、遅うございますぞ。
 いったいどれだけ待たせるつもりでおられますのか。」
真ん中の体格のよい男が大きな声で一喝いたしましたが、七福神達は悪びれる様子もなく
「いや~、申し訳ございませんの~、途中で道が混雑しておりましてな、
 わっはっはっはっ。」
右のたいそう立派な衣装を着た男が
「そんな訳ございますまい、宝船が混雑に巻き込まれますなど
 戯言にもなりませんぞ。」
左に居た小さな女の子が
「ふあぁ、もう眠くなっちゃった・・・。」
と目をしょぼしょぼさせています。
そこに空からテンちぇるちゃんが船の上に降りてきました。
それに目を剥いたのは並んでいた三人でした。
「これはなんと、いつから八福神になられたのかっ!、聞いてはおらぬぞっ!」
「わっはっはっはっ」と七福神は大笑いをし、テンちぇるちゃんは、ぶんぶんと
顔の前で手を振っていました。

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」
「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

 そこに居た三人は、人ではなく貧乏神、疫病神、死神の三厄神だったのでした。
ですが、テンちぇるちゃんのイメージする三厄神とはかけ離れた姿をしていたのです。
貧乏神は、いかにも立派で高価な衣装を着た福々しい姿でしたし、疫病神は
大きく引き締まった体格の、まさに健康という言葉が代名詞となりそうな姿。
そして、死神は、幼く、死というものからはかけ離れた生き生きとした姿をしていたのです。
三柱ともに、名前から発せられる禍々しさはかけらも見せてはいないのです。
彼女の戸惑いに気が付いたのか、疫病神が満面の笑みで教えてくれました。
「我ら三柱は、別に病気や貧乏、死を人に与えるのではござらん。
 人から奪い取るのでごわす。
 貧乏神は、富運を吸い、疫病神は健康運を吸い、死神は生命力を吸うのでごわす。
 当然、富運を吸えば、自分の富は多くなりごわすし、健康運ならいたって健康に
 なるでごわす。
 生命力なら、どんどん命が永らえ若くなりますでごわしょう。
 ですから、運や生命力を吸われた者は、逆に・・・、ということになるのでごわす。
「いや~、今回は少し長居しすぎましてな、まぁ、釣合いを取るのに七福神に
 お願いしたという訳でしての。」
貧乏神が、ついに寝てしまった死神を抱きながら教えてくれました。
「それでは、我らも次なる場所に行かねばならぬでごわす。
 そちらの女神ともお話ししたかったのでごわすが、また機会がありました時の
 楽しみとしておくでごわす。」
二柱は、ぺこりとお辞儀をして、死神を抱いたままその場から消えて
しまいましたのでした。
「さてさて、ワシらもあ奴らの後片付けといこうかのう。」
船を降りた七柱は、ぞろぞろとアパートのとある一室に向かい、そのまま
中に入っていきました。
もちろん、何が起こるのか興味津々なテンちぇるちゃんも付いて入ったのは
書くまでもありませんよね。
部屋の中には、家具らしい家具もなく、この寒空の中、薄い布団から身を起こした
女性と、彼女にお粥を渡す女の子がいました。
「はい、お母さん、今日はお正月だから、玉子を入れてあるのよ。」
「お前、そんな贅沢をしたら、お父さんは今日もがんばって働いて
 くれているっていうのに。」
「もう、なに言ってんのよ、そのお父さんがお正月ぐらい贅沢をしなくちゃって
 買ってきてくれたのよ。
 ほら、お醤油だって三滴も垂らしてあるし、これ食べたら、きっと元気になれるからね。」
「ううっ、ごめんなさいね、私がこんな病気にならなかったら、お前だって・・・。」
「もう、それは言わない約束でしょ、どうせ高校に行ったって、私、大して
 頭良くないし、早く働きたいぐらいなんだからネ。
 それより、早く食べないと、せっかくのご馳走が冷めちゃうよ。」
この様子を、七福神プラス一天使見習いは、思わずガン見してしまいました。
「おいおい、毘沙門天よ、今いつだったか?。」
「確か2年ほど前に、この国の元号で新しいのになったと思うのだが、。」
「じゃろうな、それにしては、こんな状態はこの国の者が刀をぶら下げておった
 頃にも珍しかったと思うのじゃが、ワシの記憶違いじゃったろうか。」
「いやいや、大黒天よ、ワシもこれ程のものは久しぶりじゃな。」
恵比寿がほとほと感心したように言いました。
「まぁ、あの三厄神に憑かれて、これほどになっても生きておると言うのは、
 ある意味感心してしまうぞい。」
全員がコクコクと頷いていました。
「では、皆の衆、これほどのものを見せられては、ワシらも力の出し惜しみなど
 してはおれんな。
さぁ、派手にいくとしようかのぉっ!」
「おおっ!」と全員の掛け声が重なり、「わっはっはっはっはっ。」
「あ~コリャコリャ」と大宴会が再び始まったのでした。
「えっ?」
と戸惑うテンちぇるちゃんにも
「ほれほれテンチェル殿も、ご一献、ご一献。」
「弁財天、ビートの効いた曲を頼むぞ。」
「わっはっはっはっ、ワシの腹太鼓はノリノリじゃぁ。」
狭い室内で、七柱プラス天使見習いの大宴会が始まった直後、
部屋の扉が大きな音を立てて開きました。
そこには、貧相なちょっと撚れたスーツを着た男が呆然とした表情で
立っていたのです。
どちらかと言えば、先ほどの貧乏神よりよほど貧乏神らしい姿でした。
ドアの勢いに驚いた母娘でしたが、そこに居たのが父親だと気づくと、
穏やかな笑みを浮かべて
「お父さん、お帰りなさい。
 今日はお正月だから、いつもよりお湯の少ないお粥を作ったの。
 温かいうちに、一緒に食べようよ。」
それでも、呆然とした様子で立ち尽くしている父親を小首を傾げ見ていると、
「当たった・・・。」
と小さな声が聞こえてきました。
それを合図に、父親が飛び込むように部屋に入ると
「当たったっ、当たった、ほら、年末に風で飛んできたノーキンジャンボ宝籤の
 クジで、1千万円が当たったんだっ!。」
母娘の二人は、柔らかな笑みを浮かべたまま、特にコレと言った反応は
示しませんでした。
「まぁまぁ、お父さんたら、また借金ですか。
 がんばって返していきましょうね。
 大丈夫ですよ、人生なんてなんとかなるものですから。」
「そうだよ、春になったら私も働くからさ。
 ね、ほら早くお粥食べようよ、ご馳走だよ。」
お粥(お湯少な目)を渡そうとしてくる娘の手を取って、父親は言ったのです。
「いいかよく聞いてくれ、宝クジが当たったんだ、これで借金の一部は返せるし、
 お母さんもお医者さんに診てもらえるんだよ。」
娘の手から、ポロリとお椀が落ちましたが、お母さんが「あらあら、もったいない」と
空中キャッチしました。
「えっ!、お母さんが動いた!。」
当のお母さんも、今キャッチしたお椀を不思議そうに眺めています。
「あら、不思議ね、普通に動けたわ。」
と、さらに立ち上がって見せたのでありました。
「おっお前、立てるのか、本当に大丈夫なのかっ!」
「なぜかしら、とても身体が軽いの、どこも痛くないし、気分も悪くないの。」
軽くピョンピョンと撥ねてみましたところ、階下の部屋からドンドンと床を
叩かれました。
「良かった、良かった、きっと病気は治ったんだ、良かった、良かった・・・。」
母親の劇的な回復に、三人が肩を抱き合って喜んでいると、開いたままの扉から
中を覗く男がいました。
それは髪をしっかり整え、ピシと筋の入ったスーツ姿に清潔感のある青年でした。
「明けましておめでとうございます、新年早々のご訪問、誠に申し訳ありませんが
 こちらは瓶棒夢(びんぼう ゆめ)先生のお宅でよろしいでしょうか。」
女の子がキョトンとした顔をしました。
「あの、夢は私ですが、あのなにかご用でしょうか。」
またなにかしでかしたのかと、恐る恐る尋ねてみますと、
「あ~良かった、昨年からずっとお探ししていたのですよ~♪。
 私、講英館の編集部の佐藤と申します。
 いや~、先生が一昨年当社に送ってこられました作品を読ませて頂いて、
 編集部一同もう涙が止まりませんでした。
 この作品を世に出すために当社が存在していたものと。
 是非、出版の意向をとご連絡をさせて戴きましたのですが、以前の住所から
 引っ越されたとのことで、連絡が取れなかったのです。
 で、ようやくと昨年の暮れにこちらのお住まいがわかりまして、元旦だとは判っては
 いましたのですが、一刻も早くと気がせいてしまいまして。
 ご迷惑とは思いましたものの、お訪ねさせて頂きました次第なのです。
 どうか、どうか、当社で先生のご本を出させては頂けないでありましょうかっ!。」
勢いよく、その場に正座して頭を下げる男性に
「あっあの、本って、一度問い合わせをさせてもらいましたのですけど
 届いていないって言われて・・・、」
男性がガバッと顔を上げると、その表情は引きつり強張ったものとなっていたのでした。
「まさか、それは申し訳ございません、なにかの手違いがあったのでございましょう。
 早速、その者を探し出しまして厳重な処罰をっ!
 いえ、極刑とさせていただきますので、どうか、どうか、お許しください。」
慌てて上着から携帯を出し、連絡しようとする彼を止め、
「あっ、別にいいですから、気にしてませんからっ!」
そう言うと、今度は絶望が目の前に現れたような表情となり
「まさか・・・、既に他の出版社と契約をっ・・・!」
と手から携帯が落ちたことにも気が付かない様子で、両手を床につけ、
まさに敗残の将と言った風情で項垂れてしまったのでした。
「あの、そんな事ありませんから、お金がなくてコピーも取ってなかったですし、
 あの、送らせて頂いた手書きの原稿しかありませんから・・・。」
再びガバッと顔を上げた彼は、安堵の溜息を漏らすと
「ありがとうございます、それでは契約内容など、詳細は後日責任者とともに
 再訪させていただきますので。
 いや~、よかった・・・。
 あの作品は間違いなくヒットしますよ、大きな賞はもちろんですが、既に
 メディアミックスも動き始めていますし、あっ、これは内緒でお願いしますね。
 はぁ~、よかったよかったぁ・・・。」
と、慌しく名詞と契約内容を記載したものを一部置いて、彼は部屋を
出て行ったのでありました。
三人は呆けたように閉まった扉を見つめていましたが、夢の
「これ初夢ってわけじゃないよね・・・。」
という言葉に三人は「うんうん」と小さく頷いています。
「初夢でもいいじゃないか。
 一時でも貧乏を忘れられるなら幸せな事じゃないか。」
お父さんの言葉に、思わず目頭を押さえる七福神プラス見習い天使なのでした。
その時です、ドアが開き、ガランガランと景気の良い鐘の音が響きました。
「明けましておめでとうございます、商店街新年大抽選会の者です。
 瓶棒空(びんぼう そら)さんに見事特賞お米20キロが当たりました。
 おめでとうございます♪。」
一緒にやって来た商店街の面々が小さく歓声を上げ、拍手をしてくれました。
「えっ、まさか、そんな、当たるなんて・・・。」
へなへなと布団の上に座り込んでしまった母、空は顔を覆い、さめざめと涙を
流し始めたのでした。
「こっこれで、お粥じゃないご飯を皆で食べられます。
 うっうっ、ありがとうございます、ありがとうございます・・・。」
集まっていた皆は、この家の状況を知っていたのでしょう、目頭を押さえ
もらい泣きをしている者さえいました。
もちろん七福神プラス見習い天使も、目頭から指が外せなくなっています。
「おめでとうございます」
「沢山食べて元気になってくださいね」
とひとしきり声をかけ、商店街の面々は帰っていきました。
三人は、袋に入ったお米の触り心地を満喫した後、嬉しそうにキッチンに立つと、
「ねぇ、おっ、思い切って、残りのお味噌でお味噌汁を作ってみようか。」
提案した夢の声が震えていました。
「おい、そんな贅沢・・・、いやお正月だから使ってみてもいいんじゃないか。」
「そっそうよね、夢の小説が本になるんですもの、お祝いもしないと。」
二人の声も震えていました。
こんな贅沢をするのは、いったい何時以来でしょう。
七福神プラス見習い天使の涙腺は、貯水量の限界を軽々と越えたのでした。

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」
「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

「はぁ~・・・」
その後も次々と舞い込んでくる幸運に、テンちぇるちゃんの溜息が
こぼれてしまいました。
「どうされたのかなテンチェル殿?。」
何か心配ごとでもと声をかけてくれたのは、福禄寿でした。
「いえ、皆さまがおられるだけで、人にこんなに幸福が舞い込んで来るのに、私は
 何をやっているのかなって思いまして。」
「ふぅ~・・・。」と再び溜息を吐いて、俯いてしまった彼女の横に腰かけた福禄寿は
静かに語り始めたのでした。
「そうじゃのう、ワシらは、特に何をするでもなく居るだけで幸運を招く事が
 できるのは間違いのない事じゃな。
 じゃがのう、同じ神とは言っても、やはりそれぞれに得意な分野というものも
 あるんじゃなこれが。
 大黒天なら蓄財じゃし、戎は水に関した幸運じゃし、弁財天は学問や芸術と
 いった具合なのじゃ。
 まぁ、だからと言って、それ以外はできないと言う訳でもないしのう、
 人が普通に幸福と呼ぶ程度以上の事なら、誰でも普通にできよるな。
 そうじゃなぁ、もし、ここに一人の人がおって、出かける時に右足から
 踏み出したために、水溜りに足を突っ込んでしまい、その後の人生を棒に振って
 しまう事を知ったとしよう、テンチェル殿ならどうするかの。
テンちぇるちゃんはちょっと思案した後、
「そうですね、左足から踏み出すようにさせたり、水溜りに注意するように
 示唆したりしますね。」
ほっほっほっと、意を得たりと笑顔を浮かべた福禄寿は
「そうじゃな、それも正解じゃろう。
 だがな、ワシらがやるとなったら、その人が思った所にすぐに着くような力を
 与えるじゃろうな。
 瞬間移動とかいう能力じゃな。
 そうすれば水溜りに足を突っ込む事は避けられるじゃろう。
 宇宙に行きたいとか、深海に行ってみたいなどと思わぬ事を祈るのみじゃがな。
 もし、それができぬのなら、その水溜りを消してしまおうかのう。
 ただし、周辺の川や湖の水さえも消してしまい、向こう半年は一滴の雨すら
 降らないじゃろうし、その土地におる神々と喧嘩になるじゃろうがな。」
ほっほっほっと軽い笑い声を立てた福禄寿は、長い頭をつるりと撫で、
テンちぇるちゃんに言ったのです。
「じゃからな、それぞれ良い面も悪い面もあるということじゃ。
 ここでも、今は厄神の影響が色濃く残っておるから、この程度で済んで
 おるのじゃが、もうしばらくもすればこれどころでは済まぬようになって
 しまうじゃろう。
 どんな幸運も、過ぎれば害にしかならぬものじゃ。
 中には上手く使いこなしてしまったり、良いタイミングで手放せる者もおるじゃろうが、大概は・・・。
 百のものを一人に与えるのが良いのか、一のものを百人に与えるのが良いのか、
 どちらが正しいのかのう。
 きっと、どちらも正しいのじゃろう。
 じゃから、テンチェル殿はテンチェル殿のやり方で人を導けばよいのじゃ。
 正解など、どこにもないからのう。」
しばらくの間、お互いに何も語らず、相変わらず大騒ぎをしている六柱を眺めていましたが、
「ほれほれ、今しばらくはここに居りましても、それほど影響はでんじゃろうし、
 ここはひとつぱァ~と騒ぎましょうぞ。
 布袋がいつも言っておるのじゃが、笑う門には、福来たるじゃ。」
テンちぇるちゃんの頭をくしゃと撫で、「あ~コリャコリャ♪」と
宴会の中に入って行ったのでありました。
そのまましばらくは、盛り上がる宴会の様子を見ていたテンちぇるちゃんですが、
「そうですよね、できない事を羨んでいたって私らしくないですよね。」
と立ち上がり「う~ん」と大きく伸びをすると
「は~い、テンチェル かくし芸いきま~~~すっ♪。」
と笑い声の絶えない宴会の中に飛び込んでいったのでありました。

◎注釈
○宝船 : 七福神の乗り物です。
船上には米俵、宝箱を沢山載せていますが、実際に米俵や長持があるのではなく、
あくまでも象徴としての物ですので、中を探っても取り出す事はできません。
船でありますので、水の上はもちろん、陸上も普通に移動できますし、障害物にも
邪魔される事はないのですが、家屋や自動車、人を擦り抜けた場合、それらと
重なっていた時間分の幸運を授けます。
基本、七福神が乗って居ないと動かないので、誰も乗っていない宝船を
通り抜けても、幸運を授かる事はありません。
○七福神 : 大黒天、恵比寿、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋の
七柱を言います。
元々は、別々の神でしたが、室町時代の末辺りから民間信仰として集団で
描かれるようになり、農民、漁民の間で広く信仰されるようになりました。
それぞれに授ける幸運があるようですが、布袋だけはよく解りませんでした。
背負った袋から、財物を取り出して与えるそうなのですが、サンタクロース?と
思います事は、不敬なのでしょうね。
○三厄神 : 貧乏神、厄病神、死神の三神。
厄を与えるのではなく、それぞれの運を吸い取るため、その分 厄神達は、
それらの運が補充され、見た目は福々しく見えます。
居心地がよいと、長く居座られたりしますが、その場合バランスを調整するために
七福神がやって来たりします。
大きな意味で、七福神と裏表の関係となっています。
キャラクターモデルは、映画「憑神」の三巡神です。
○神様の数え方 : 人なら一人、二人と数えますが、神様ですと、一柱、二柱と数えます。
なぜに柱なのかは、よく判りませんでした。
別に一神、二神でも良いように思いますのですけど、どうなのでございましょうか。

第10話 お・し・ま・い・♪
(2021.01 by HI)

◆◆◆

七福神と言えば福神漬け、福神漬けと言えばカレー・・
もとい、もう一度言います。
七福神と言えば宝船、宝船と言えば街中巡行・・・
って、ええ~~!?
さらっと聞き流しかけたこちらの心を見透かすフレーズに、ちょっと決まり悪くも
よくよく聴けば、なんかすごいこと起こってます!
そういえば宝船って海のものとも陸のものとも意識したことなかったですが、
映像にするとこんな大規模CGみたいなことになるんですね。
豪華絢爛な金色の初夢は、縁起が良いだけでなく
いろんなことを考えさせてくれます。
小さなしあわせも、弱いちからも、とても尊い。
陽気な福禄寿のおじいさんの、答えを押しつけない優しい語りが、
答えは自分の心で決めたらいい、そう投げかけてくれます。
一のしあわせを百人で分かち合える、
そんな素敵な1年に、みんなでしていけますように!
HIちゃん、ありがとうございます。

そうそう、福神漬けはほんとに七福神にちなんで名付けられてるそうです。知らなかった!



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