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贈り物だょ テンちぇるちゃん♪


「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」

「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

 森の中の少し拓けた広場の倒木に、一人の少女が腰掛けていました。
彼女がその白磁のような手を伸ばすと、飛んできた小鳥が指先に止まり、
徒にその手を口元に近づけると、小鳥は左右に頚を傾げつつ軽いキッスを
彼女にくれました。
小鳥たちは彼女の手だけでなく、折りたたまれた翼や肩の上でも羽を休め
楽しそうにその声を奏でています。
彼女が腰掛けている倒木の上を左右に走り回るリス達が、身体を支えている
左手の上を肩まで走り上り彼女の横顔を眺めては再び駆け降りるを
繰り返しています。
それはまるで、リスが交代交代に彼女の顔を眺めては照れて走り去って
いるかのようでした。
膝の上では子猫達が、丸くなって安心しきった様子で寝ていますし、
その親猫は、彼女にピッタリと身体を寄せノドを鳴らしながら頭を擦り付け
親愛の情を示しています。
地面の上では数匹の子犬がじゃれあい、その様子を親犬が微笑むように眺め、
傍らには、大きな角を持った牡鹿と一回り小さい牝鹿とお尻のハートマークも
鮮やかな子鹿の親子が仲良く草を食んでいます。
木々の鮮やかな緑が生命の賛歌を歌い、木漏れ日が幾本もの光の筋を描きだし、
広場に流れる壮麗で穏やかな時間を演出してくれています。
もし絵心のある者がこの光景を見る幸運に浴することができたならば、
きっとその情熱の全てをキャンバスに打ち込むことでございましょう。
彼女の名前はテンちぇるちゃん、ヨーロッパから極東の島国にやってきた
見習い天使さんです。
 穏やかな、時間の流れすら止まっているかのような広場に、一匹の猫が
近づいてきました。
ひょっとすると、今テンちぇるちゃんの膝で寝ている子猫達の父猫かも
知れません。
猫は周囲にいる動物を警戒することもなく、彼女の前まで進み出ると、
口に銜えてきたものを地面に置き、器用に前足でテンちぇるちゃんの前に
押し出したのです。
そして、キラキラと輝かせた目で彼女の反応を期待しています。
猫が彼女の前に置いたのは、きっと獲れたてピチピチだったはずのヤモリだったのです。
すでに息絶えているようで、ピクリとも動きませんが、同じように
テンちぇるちゃんも何を言うでもなく固まってしまっていました。
やがて再起動した彼女は、少し身体を反らせながら
「あっ、あの、ごめんね、私ちょっとこういうのは好きじゃないって言うか、
 食べないから・・・、あははは・・・。」
その瞬間、周囲にいた動物達の間に緊張が走りました。
ヤモリを持ってきた猫は、大きく目を見開きこの世が終わったような表情をした後、
身体中の気力が一瞬にして抜けたような姿となりフラフラとした足取りで歩き去って
行ったのでした。
と同時に、肩や翼に止まっていた小鳥達が一斉に飛び立ち、リス達は倒木から
次々と飛び降り、猫や犬、鹿の親子も弾かれたような勢いで走り去って
行ったのでした。
後にはポカンとして倒木の上に腰掛けるテンちぇるちゃんと、彼女の前に
虚しく置かれたヤモリが残るのみでした。

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」
「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

 今彼女は広場の隅っこに穴を掘り、彼女のために持ってこられたヤモリの死骸を
埋めています。。
小さな土饅頭を作り、指を組み合わせ祈りの言葉を捧げると、ほっと小さな溜息が
漏れてしまいます。
彼女が祈りを終え、立ち上がった頃に、遠くから数十羽の小鳥が広場に向けて
飛んで来るのが見えました。
「あっ、戻ってきてくれたんだ♪」
と彼女にも笑顔が戻ってきました。
近づいてきた小鳥達に手を差し出しましたが、小鳥達は一羽としてその指先に
止まることなく、彼女の前に降り立ち、その嘴に銜えていたものを
次々と置いていったのです。
恐る恐るその小さな山になったものを見てみると、「ヒッっ」と悲鳴が
口をついて出てしまいました。
その山の正体は、色とりどりで、大きなものから小さなものまで様々な形をした
芋虫達だったのです。
天使とはいえ、テンちぇるちゃんも女の子です。
その光景に思わず仰け反ってしまいましたが、小鳥達はキラキラと期待に
満ちた目で彼女の言葉を待っているのです。
「あの・・・、私はこれはあまり好きじゃないって言うか食べないかな・・・、
 あはは・・・。」
その言葉を聞いた鳥達は、一斉に両翼を広げ、まん丸な目をさらに見開き、
嘴を大きく開いたのです。
きっとその頭上には太字ゴシック体でひび割れた文字が大きく
「ガーーーンッ」と描かれていたことでございましょう。
しばらくの間、そのままの姿勢で固まっていた小鳥達でしたが、
「ヂヂヂヂヂヂヂヂ」と悲しげに鳴きながら森の奥へと飛び立っていったのでした。
再び広場には、テンちぇるちゃんと、山盛りでうぞうぞと動く芋虫達だけが
残されたのでした。

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」
「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

 広場の端まで何度往復したでしょうか、さすがに手で摘むのは勘弁してねと
木の枝に引っかけては、一匹一匹あちこちの葉の上に置く作業を終えた
テンちぇるちゃんが一息ついた頃、森の中からあの鹿の親子が姿を見せたのです。
思わず口元をジッと見つめてしまいましたが、牡鹿以外はなにも銜えてはいないようです。
牡鹿も、なにかは判りませんが丸く平べったい物を銜えているだけのようです。
やがて三頭がテンちぇるちゃんの前にやってきたのですが、牡鹿は
その口に銜えたものをなかなか離そうとはしませんでした。
目をギュッと固く閉じ、なにやら煩悶しているようです。
見かねたのか牝鹿が鼻先でつつくと牡鹿は決心したように口に銜えた物を
テンちぇるちゃんに渡したのです。
それは薄いクッキーのようなものでした。
彼女は知らなかったのですが、それは鹿せんべい(注1)と呼ばれるもので、
もしもとある地方でそれをふりかざせば、数万頭を超える鹿を呼び寄せて
しまうという鹿垂涎の食べ物だったのです。
でも彼女はそれを知りません、と言いますより、そんなものをずっと
銜えてきたのですから、かなりの範囲に涎らしきものがついていますし、
きっと我慢できなかったのでしょう、齧り跡がついてもいました。
さらに渡した後も、牡鹿の視線はその鹿せんべいに釘付けなのです。
試しに左に振ってみますと、頭が見事に左を向きます。
右に振れば右に、上に上げれば上に、左に動かすと見せかけて上に持ち上げつつ
右に振るというフェイントをかけてみましても、その視線が鹿せんべいから
離れることはありませんでした。
「あの、これはやはり鹿さんが食べられた方がいいんじゃないですか、実は私
 ダイエット中なんです、あははは・・・。」
女の子の食事の断り方の常套句でしたが、見るからに牡鹿がほっとした息を
吐き出し、鹿せんべいを受け取ろうと口を出すより早く、牝鹿が素早く銜えると、
半分を子鹿に渡し、半分は自分で食べてしまいましたのです。
牡鹿のまさに驚愕、茫然自失の表情をテンちぇるちゃんは一生忘れることは
ないでしょう。 

(CMキャッチ)
「テンちぇるちゃん」「テンちぇるちゃ~ん」「テンちぇるちゃぁ~ん」
「ハァ~イ、テテンチェルチェル、テテンチェル~♪」

 去っていく鹿親子の中で、肩を落とした牡鹿の姿が哀愁を漂わせていました。
ようやくと彼女も気づいたようです。
どうやら動物達は、テンちぇるちゃんのために自分達が美味しいと思う食べ物を
彼女に食べてもらい、喜ばせようとしているのだと。
思わず溜息が出てしまいました。
さすがにイモリや芋虫はちょっとねぇ。
鹿の持ってきたクッキーは食べられないこともないですけど、やっぱり
銜えてきたものはちょっと。
ふと周囲を見やれば、広場の端の森となる木の枝や根元に小鳥や猫などの動物達が
集まってテンちぇるちゃんを見ています。
闘いに破れた者達と、次は誰が挑戦するのかを見守る動物達です。
いえ、別に普通に私の周りに集まってくれればいいのだけど。
テンちぇるちゃんの思いの周辺を奇妙な緊張感が渦巻いています。
そんな中を、一匹の猿が辺りにいる動物を押しのけてやってきました。
なにやら盛んに声を発しているようですが、このままでは何を言っているかが
判りませんので、私が通訳いたしましょう。
そのぐらい、私にとりましては朝飯前でございます。
「おいおい、全くなんでもかんでも食い物を渡せば喜んでもらえるってもんじゃ
 ねぇってぇの。
 いいか、そりゃ食い物が嫌いな奴はいねえだろうけど、女ってのはそれ以上に
 綺麗なものが好きってなもんなんだよ。
 それも、ただ綺麗ってだけじゃダメだ。
 美しいものが美しくなっていくというプロセスを自分で見ていくことで
 さらなる喜びが巻き上がっていくってもんなんだぜ。
 お使い様だって、そんな綺麗な物が好きに決まっているじゃねえか。
 それをなんだ、ヤモリに芋虫、とどめに鹿せんべいだぁ、ヘソで茶を沸かしちまうぜ。
 いいか、これから俺様が女を喜ばせる手本ってのを見せてやっからよぉ、
 その節穴のような目を見開いてよく見ていやがれってんだ。」
そうして一匹の猿がテンちぇるちゃんの前に進み出ると膝をつき、
一本の大きな枝を差し出したのです。
それは葉を茂らせた、なんの変哲もない枝でした。
これにはテンちぇるちゃんも首を傾げるしかありません。
「あの、これはどうすればいいのかしら、私は枝や葉は食べないのですけど・・・。」
それを聞いた猿は、ゆるゆると首を振っています。
その姿は、まるで古の哲学者が世界の真理を伝えようとしている姿にもみえました。
「天のお使い様、私とて、お使い様がこのような物を食されるとは思ってはおりません。
 確かにこの葉を使った食べ物を人が作っていることは聞いたことがありますが、
 この木の真価はそのようなものではないのです。
 今は、このように目にも鮮やかな緑の葉を茂らせていますが、これより数倍、
 いえ数百倍は美しい姿を持っているのでございます。
 そう、この枝を育てられれば、来年の春がきました頃に、とても美しい花を
 見ることができるのでございます。」
彼女は感心したように、手にした枝を眺めました。
「それは楽しみですね、それでこれはなんという花なのでしょう。」
その質問に、猿は苦渋の表情を浮かべたのです。
「申し訳ございません、私はこの花の美しさは知っているのですが、
 名前を存じてはいないのでございます。
 ただ、春になりますと花を一斉に咲かせ、まさに大地が薄桃色一色に
 染め上げられるという美しい光景を見せてくれる木なのでございます。」
テンちぇるちゃんの頭の中で、とあるピースが音を立てて嵌りこみました。
彼女は反射的に立ち上がりその翼を広げ飛び立とうとしたのですが、
一歩遅かったようです。
彼女の両肩はしっかりと掴まれ、飛び立つことはおろか、走り出すことさえ
できない力で押さえ込まれていたのでした。
テンちぇるちゃんが振り返りますと、そこには一人の女性が
立っていたのです。
彼女は整ったお顔で、口元はやさしく微笑みを浮かべていましたが、
目は、目は笑っていません、笑っていませんでした。
彼女の黒い瞳の中には、怯える金髪の女の子の姿が映りこんでいたのでした。

(CMキャッチ)
「ウィンディーネちゃん」「ウィンディーネちゃ~ん」「ウィンディーネちゃ~~~ん」
「ハァ~・・・、本当にバカばっかり・・・。」

 千絵理さん(注2)のお説教が続いています。
「いいですか、この国には『桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿』(注3)という諺があるように
 梅なんかは幾らでも切ればいいのです、なんなら根こそぎ掘り返して(注4)しまっても
 よいぐらいです。
 でも、桜は少し枝を切られたり折られたりしただけで、調子を悪くしてしまうほど
 繊細な木だというのに、こんなに大きな枝を折るとは一体何を考えているのですかっ!」
彼女の前にはテンちぇるちゃんとお猿さんを先頭に、近くにいた動物達が
正座をさせられ、既に5時間が過ぎようとしています。
千絵理さんのこの言葉も何度聞かされたか判らなくなっていますが、
テンちぇるちゃん達には「すいません、ごめんなさい、もうしません」というフレーズを
繰り返すことしかできませんでした。
ただ、「今日、私なにもしてないよね、してないよね・・・。」と心の中で呟く彼女も、
そんな事、口に出せるはずもないのでありました。

【注釈】
注1、鹿せんべい : ご存知奈良で売られている鹿用のおせんべいです。
かなりの薄味で人間が食べてもあまり美味しくはない(食べた記憶がありませんので
定かではありませんし、好き好きもあるかも知れません)そうですし、
例え手に持って掲げたとしても数万頭もの鹿が集まってくることはありませんので
ご安心ください。
ただ、確実に数十頭の鹿にたかられますことは請け合います。
ちなみに筆者は泣かされましたことがありんす。
注2、千絵理さん : ご存知春を司る桜の大精霊さんです。
テンちぇるちゃんが正座ができるようになりましたのは彼女のお陰だったりいたします。
本作最強のキャラかも。(第1話参照)
注3、桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿 : 桜は幹や枝を切ると、そこから腐ってしまう
原因となりますが、梅はよけいな枝をちゃんと切っておかないと翌年の花付きが
悪くなってしまうそうなのです。
注4、梅なんかは幾らでも切ればいいのです、なんなら根こそぎ掘り返し : 
多分確実に枯れますので、お薦めはいたしません、
各自の責任の上で行ってください。
(2020.9 by HI)

◆◆◆

「天使さんらしいテンちぇるちゃんを描いてみたくて」
そんなHIちゃんの水先案内に誘われて読み始めた物語。
そこにはまさに、これ以上ないくらい天使らしい情景が描かれていました。
絵心のない私ですら、きっとこの場に居合わせたら絵を描き始め、
でもあまりの美しさに絵筆をとめて見いってしまうだろうなぁと思います。
そんな場面が一転。
突如始まる、虎視眈々とテンちぇるちゃんのハートを狙う?動物さんたちの
シュールな心理戦への見事な展開。
ウィンディーネちゃんの絶妙すぎるCMキャッチ。
deja vuのような千絵理さんの登場・・。
全てのシーンが、テンちぇるちゃんの「ピースがはまる」という表現をお借りしたくなるほど
ピタリとはまる描写で描かれるさまは、もはや神域です。
何よりも、実はテンちぇるちゃんの真の天使らしさは
絵画のように美しいシーン以上に彼女のもつ慈しみの心にあることに気づき
胸に感動が広がりました。
今回も、なんだかちょっとずつへんてこなキャラクターたちが愛ある目線で描かれていて、
なぜだかみんなで正座のラストシーンでは、時にへんてこで、時に理不尽なリアル世界を
心から閉め出してしまいそうになる私を、再び優しく世界とつないでくれるようでした。

今回のお話はなんと、HIちゃんの実体験に基づいているのだそう。
天使なHIちゃん、いつもありがとうございます!



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